静岡県熱海市『餃子の濱よし』の懐かし中華そばとコクうま餃子

2021年5月16日

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■輝く海に思いを寄せて

「昔はお店の前に建物がなくて、道路沿いに広がる相模湾が見えていたんです」

小田原から熱海に南下する国道135号線。夏場には海に向かう車で混雑するこの道路沿いに立つ一軒のお店。目印となる看板に描かれた「創業80余年」の文字が、熱海の町と共に過ごした時間を雄弁に物語っています。

昭和4年に創業した老舗の初代は、熱海と同じく相模湾に面した神奈川県平塚市生まれの柳下(やぎした)秀雄さん。三十代のときに、奥様が生まれ育ったこの地で始めたそば屋『浜よし』がそのルーツです。

まだ海側に建物がなかった時代。現在は熱海銀座の駐車場になったこの一角に立つお店から、見渡すことができた砂浜。今も受け継がれる屋号には、秀雄さんが大好きだったそんな景色に対する思いが詰まっています。

しかし、昭和25年4月13日。熱海の中心部や繁華街一帯を火の海が飲み込んだ、『熱海大火』から免れることはできませんでした。店舗が全焼し存続の危機に直面したのです。

その後、熱海の旅館が当時所有していた土地の一部を譲り受け、バラック小屋を建てて営業を再開。同年8月には『熱海国際観光温泉文化都市建設法』が公布され、6月に始まった朝鮮戦争による特需もあって、浜よしはかつての活況を取り戻しつつありました。

「うちの電話番号の末尾は0048なのですが、これは土地を提供してくれた旅館が使っていた番号を譲り受けたものなんです」

■たくましき母の背中を見つめた二代目と、先代の味を愛する三代目

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ところが、日々の営みを送る時間を取り戻したのもつかの間。再興に向けた苦労もあって、秀雄さんが早くに亡くなってしまったのです。

当時、育ち盛りの四人の子供がいた柳下家。それを支えてたのは奥様のていさん。子育てしながら厨房に立ち、ピークの頃には二階の居住スペースを客間として使っていたお店を切り盛りしていました。

強くて温かいていさんの背中を見て育った四人きょうだい。その中から二代目として暖簾を継いだのは長男の良雄さん。「当時は忙しい時期だったので、小さいころから厨房とかも手伝ってたはずです。高校を卒業してすぐ店に入りました」

初代の当時、日本そばや寿司といった和食のお店が並んでいた熱海の繁華街。そこに訪れた時代の変化の波。二代目が厨房に立ってしばらくして、そば・うどん、丼ものに加えてラーメン類を出すようになりました。「当時は食堂に職人さんもいたので、そこで作り方を教わったようです」

そして現在、三代目として暖簾を継ぐのは隆さん。良雄さんの一人息子として大切に育まれたサラブレッドです。高校を卒業してから3年間、東京の八重洲にある中華料理の名店で研鑽を積み、餃子づくりをはじめとした中華料理の技術と共に熱海に戻ってきました。

「ジャズが好きだったので、音楽関係の仕事にも携わりたかったんです」店内に流れるBGMや、丸いちゃぶ台が象徴する昭和レトロな内装には、隆さんのこだわりが。また、お客さんの声が詰まったメッセージノートには、餃子と中華そばに対する賛辞がぎっしり!

「元々、中華料理や餃子が好きだったこともあって、東京の時にはよく食べ歩いていました。食堂でラーメンが始まった時は、やっぱり嬉しかったですね。先代の料理で一番好きだったのもラーメンでした」

■店の味を支える礎は、受け継がれてきた「かえし」

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そんなお店のメニューですが、「色々な料理を幅広く手がけるより品質を重視したい」という隆さんの考えにより、現在は餃子と中華そばに集中。屋号も自慢の一品を前面に押し出した『餃子の濱よし』に改めました。

となると、『代々受け継がれてきたそばは一体?』となるものですが、ご安心ください。今も昔も濱よしの味の決め手は、そばのかえしです。

「先代のまま中華そばを作っても真似になりすぎてしまうので、このレシピとそばのかえしを組み合わせて、中華そばを作ることにしたんです」

いわば日本そばと中華そばのコラボ。熱海の舌を魅了してきた秘伝の味が、三代目が作る料理に欠かせない存在として受け継がれています。

そして、三代目の看板メニュー・羽根つき餃子。最初は修行で会得した技を元に羽なし餃子を提供していましたが、「お客さんからの要望で、餃子に羽根をつけるようにしたんです。また、餃子の餡やタレにもかえしを使っています 」

厨房での相棒は餃子を剥がす金属のヘラ。使い込まれてきたことで手に馴染む角度に。焼き上がったばかりの餃子を、羽根ごと綺麗に焼き鍋から剥がしてクルッと返す。お皿に盛られるまでのすべての動きが、日々の経験が培ってきた財産です。

■奥深く懐かしさに満ちた、中華そばと羽根つき餃子

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まずは、懐かし醤油中華そばからいただきます。

とんこつや鶏ガラ、煮干し、香味野菜などで出汁を取った、動物系と魚介系のダブルスープ。そこに溶け込むのは、鼻をくすぐる和の香り。そして、ほんのり感じるまろやかな甘さ。かえしが入ることで、いわゆる中華そばと装いが全然違うものになります。

スープをたっぷり纏った麺をすすれば、なめらかな口当たりとボリューム感に心地よさが止まりません。もちろん、たっぷりのメンマとチャーシューにも妥協なし。ノーマルの中華そばなのに、これほどの食べごたえがあると嬉しいものです。

一方、熱々の餃子を頬張れば、パリパリの羽根と皮の弾力に包まれた餡のエキスがじゅわっと。焼く前に一度茹でることで生まれる食感が、歯ざわりにメリハリと楽しさを生み出します。

餡にも基本のキャベツとニラ、長ネギ、ひき肉に「旬の時期には白菜を入れることで、甘さや食感に奥行きを持たせている」と、こだわりがたっぷり。もちろん口の中にふわっと広がるのは、かえしの味。タレなしでも十分に美味しいのですが、タレを絡めれば更にコク深くなります。

ちなみに、実はこの組み合わせはサービスセット。ここにコシヒカリの小ライスがついてくるので、ボリュームも満点です!

テイクアウトのみですが、取材用として特別に店内で提供いただきました

また、お店のメニューの中で夏にしか会えないのがかき氷。多彩なシロップに迷いつつも、やっぱりいちごを選んでしまうもの。お隣・愛知県の密元研究所さんのシロップが、たっぷり染み渡るルックスに笑顔がこぼれます。

二代目の頃、夏の熱海に涼を提供していた一品が時代を越えて、こだわりの蜜と氷の融合によって提供されています。

■食堂の歴史は町の活気で育まれる

最近、濱よしを訪れるお客さんの層が少し変化してきたそうです。その一つの要因は、熱海市役所に勤めるカリスマ公務員の頑張り。 テレビや雑誌などの取材に24時間体制で対応し、露出が増えてきたことで若いお客さんが多くなったそうです。

「これまでは、熱海を訪れるお客さんの数に波があったのですが、最近は、普段の時期の集客が上手く回っているように感じます。なので、若い方が日帰りで増えてきました。熱海にお客さんが訪れると、色々なお店も潤う。そうなるとお店同士の交流も増えるので、他のお店の方がお客さんとしてここに足を運ぶことも。商店に働いている方の交流が増えているんです」

そんな食堂の四代目ですが、娘さんが3人いらっしゃるものの現時点では未定とのこと。この好循環の波に乗って、伝統のかえしが絶えることなく四代目に受け継がれて欲しいものです。


【お店情報】
創業年:昭和4年(取材により確認)
住所:〒413-0013 静岡県熱海市銀座5-9
電話番号:0557-81-0048
営業時間:11:00~15:00/17:00〜20:30(売り切れ次第終了、延長オープンの場合あり)
定休日:火曜日
主なメニュー:懐かし醤油中華そば(700円)/コクうま餃子(6個・550円)/サービスセット(中華そば+餃子4個+小ライス・900円)/かき氷(350円・テイクアウトのみ)
ウェブサイト:http://hamayoshi.net/
facebook:https://www.facebook.com/hamayoshi.net/
※店舗データは2016年7月6日時点のもの、料金はすべて税込み。

〒413-0013 静岡県熱海市銀座5-9

プロフィール

百年食堂応援団/坂本貴秀
百年食堂応援団/坂本貴秀合同会社ソトヅケ代表社員/local-fooddesign代表
食にまつわるコンテンツ制作をはじめ、商品開発・リニューアル、マーケティング・ブランディング支援、ブランディングツール制作などを手掛ける。百年食堂ウェブサイトでは、全記事の取材先リサーチをはじめ、企画構成、インタビュー、執筆、撮影を担当。