東京都中野区『野方食堂』の生姜焼き&唐揚げのA定食とサバ味噌煮定食、そしてナポリタン。

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◯野方を笑顔にしてきた、おじいちゃんの食堂

「ウチのおじいちゃんは(千葉の)茂原の生まれ。上野の”聚楽”が神田の”須田町食堂”だった時代に修行に入って、その後、空襲の被害もなく栄えていた野方に目をつけて店を出したんです」

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東京の下町という言葉が似合う、西武新宿線の野方駅。戦前から闇市が立ち並び、緊張感と背中合わせの静かな賑わいに包まれていたこの街で、齊藤博さんが一軒の食堂を立ち上げたのは1936年(昭和11年)のこと。

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今年で84年目を迎える食堂は、”のがた食堂”として暖簾を掲げ、修行先で培った技で洋食と和食を提供。同じく千葉出身の公子さんと、夫婦二人で切り盛りしていた。

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「でも、じいちゃんが補給部隊として出征することになって、ばあちゃん一人でもやっていけるようにって、一時は”太陽軒”の屋号で和菓子屋さんをやってたんです」

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博さんが戦地から戻るまでの間、細腕一本で店を支えた時代から、同じ場所に構える建物。店頭を彩るガラスケースには名物料理の数々と共に、”東京都指定民生食堂”の看板と豚の置物が。

「それはウチがお惣菜屋さんもしていたときに、人寄せの役割で飾っていたもの。人気だったんですが人手不足でやめてからは、食堂の”招き豚”として飾ってるんですよ」

創業から5年目に米穀配給制度の導入に伴い、外食券食堂として登録。「当時はガスがなく薪で焚いてたので、ずっと火を絶やさないようにしてた」というツヤツヤの銀シャリや、丁寧に作られたおかずの数々は、制度改定で民生食堂になっても変わらず街を笑顔にしていた。

◯父の試行錯誤と息子が導いた答え

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1978年(昭和53年)に建て直された建物。鮮やかな赤いテント屋根が目を惹く二階には、宴会用の座敷があり”割烹乃がた”の屋号を名乗っていた。

「建て替え前から二階は宴会に使ってて、その時には宴会用の料理を出していたんですが、建て替え後は一階に白木のカウンター席や天ぷら専用の揚げ場も作ったんですよ」

この頃から店を切り盛りしていたのは、二代目となる勝郎さんと明子さんご夫婦。長男だった勝郎さんにとって、厨房に立つ博さんは未来の自分。背中越しに料理を学び、食堂で働いていた職人からも吸収していった。

「あんこう鍋とか、当時は食堂っぽくない料理も作ってたこともあって、食堂から格上げしたい思いもあって割烹を名乗っていたんだと思います。もちろん、父にそうした経験があったからこそ、自分も日本料理の基本的なことを一通り全部できるようになったんです」

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そして現在、「自分と姉の二人きょうだいだったので、自分が継ぐんだろうなぁと漠然とは思ってました」と語る公和さんが三代目として暖簾を守る。

現在48歳。大学で経営を学び数々の店で経験を重ね、サラリーマンも経験して25歳で戻った。「店に戻った時は現役バリバリだった」という勝郎さんから学んだ調理技術と自分の経験を少しずつ融合し、三代目としての土台を築き始めた公和さんがこだわったのは”食堂”の屋号だ。

「当時、店の外から見て”食堂”ってカッコいいと思ったんです。言葉にできない魅力がたくさんあって、それを伝えるにはこの言葉が一番だったんです」

俯瞰的な視点で自らの店の魅力を整理し、たどり着いた自らのスタート地点。2008年(平成19年)に現在の店舗に改装した際、「おじいちゃんの時と同じように」と店頭に三角屋根の装飾を施し、屋号を野方食堂へ戻した。

「ここは『自分たちだったらこうしたい』という思いの集合体。だからこそ、改装時に他のお店で食事をしているとウチのいい点と悪い点が見えました。そこから、『食堂だったらこういう点が望まれているよね』を軸に改装やメニュー作りをしました」

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改装時に野方食堂のあり方を更に突き詰めた公和さんのこだわりは、店の床選びにも表れている。

「床は目に入る面積が大きくお客さんの印象を決めるもの。色々なお店を巡ったんですが、ナチュラルで車内が暗くない地下鉄の車両の床を見て『これじゃない?』と思ったんです。もう13〜4年経っているけどワックスがけを欠かさずピカピカにしています」

そんな公和さんが共に暖簾を守る奥様の桂さんと欠かさないのが食べ歩き。

「例えば、肉料理を食べに行ったら肉質やタレの味を学んだりしている。これは続けないといけない」と、日々訪れるお客さんにとっての少しだけ特別な何気なさのために、二人で常に学び続けている。

◯「食べ飽きず優しい味」を目指して、メニューブックに気持ちを込める

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「店作りもこれも、彼女のセンスに助けてもらった」というメニューブックには、細部までこだわりがぎっしり詰まっている。

「僕はメニューブックを一番大切にしている。営業マンなんです。作るのは大変なんですけど、これを読んだお客さんの口伝てで内容が広がるし、次の来店動機にも繋がります。

自分も外食するときに、その店のメニューを思い浮かべて楽しかったなぁって思い返すこともありますが、『あそこに行けば何かある』って大切ですよね。それはお店に対する期待につなげるもの。客を連れてくるお客さんにとっても、これがあると楽でしょうからね」

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中には「5分ぐらい見ているお客さんもいる」という一冊。そこには初代譲りの味から三代目が生み出した料理が並ぶ。読み進めると、店によっては秘伝とされ企業秘密になりえる、いくつかの料理の調理法が惜しみなく記されていたり、料理に使われる調味料もこだわりと共に事細かに記されている。

「お米は以前、この商店街にあった米屋さんから仕入れていたのですが、店がなくなってしまったんです。で、付き合いで紹介してもらったのが今のもの。勉強熱心な方で意気投合した縁もあって『ワザヒカリ』というブレンドを出してもらってます。醤油はおじいちゃんの出身つながりで、千葉のものをずっと使っています」

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また、さばの味噌煮や野菜炒めに使う味噌への思いは強い。

「好きな方も多いですし、やっぱり日本食に欠かせないですからね。さば用の味噌は秘伝ですが、炒め用の味噌は自分でブレンドしてます。普通に味噌を混ぜるだけだと物足りなく感じていたのですが、愛知出身の方からブレンドの話を聞いて、それを基に合わせ味噌を作りました。

特長は果汁を加えていること。砂糖だと甘さがくどくなるけど、果汁だと甘さが爽やかさですっきりするんです」

そんな味噌を使う料理だが、三代の歴史の中で時代に好まれる味つけも変化している。

「そもそも代ごとに使っていた味噌は厳密には違うんです。おじいちゃんの時代の味付けは濃い目。濃いおかずでたくさんの白飯を食べるのがスタンダード。父の代もおじいちゃんを踏襲して濃い目寄り。前に使っていた味噌屋さんが無くなったこともあって、味噌炒めの作り方は変えずに味噌を新しくして今の人に合う味付けにしてます。

昔から食べ慣れている方にとっては『あれ?』ってなるけど、次の時代に受け入れられなくなるものも怖いですね。ただ、昔の味噌味を知る方が数年ぶりに同じものを食べたときに、『おいしくなったね』と言われたことがあって。そういうときは味の変化がうまくいったなぁと思います」

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初代から積み重ねてきた料理を紹介するメニューだが、実はここにも歳時記と取捨選択があるという。

「春夏と秋冬の区切りを意識して年2回、4月と10月にメニューを変更しています。シーズンメニューを定番にしたり、女性に人気があるものを増やしていく一方で、どうしても作れないメニューも出てきてしまう。実は父の代までラーメンをやってましたが、スープづくりの大変さもあって店を改装してからは泣く泣くやめたんです」

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できる限り期待に応えながら、料理の幅を守り広げ続ける三代目。その心の中には店の味に対する明確なビジョンがある。

「ウチが目指すのは華やかなおいしさではなくて、食べ飽きず優しい味。その中で個々の料理が伝えるべきものを意識しています。

たとえば昔からの料理は『こうすればもっと美味しくなるかなぁ』と思っても、変に手を加えない方がいい。お客さんは今までの実績を気に入ってくれるもの。だから先代には尊敬の念を持って作っています。自分が何もない場所から立ち上げても今の食堂はないですし、それは大切にしたいところ」

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ちなみに、そんなメニューには単品も多い。

「父の代は割烹を名乗っていたこともあって、定食は少なく単品が中心。昔はそういう時代だったんですが、僕は食堂をやりたかった。そこで単品を定食にしていったものが多いんです」

◯「お客さんを待たせない」食堂の効率的な調理とチームワーク

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「営業前の仕込みは朝の7時ぐらいから。父がお米を研いだり刺身のツマづくりといった準備をしています」

数多くの料理を作るで欠かせないのが父と子の連携。そして心強いお店のスタッフの存在だ。

「スタッフは自分と家内、料理長、バイトさんが4人。ウチの料理は基本を大切にしている料理。肉の焼き方とかも教えていますが難しいものはないんです。だからスタッフは刺身づくりからホールまで、どのポジションも一通りできるんです。

今はコロナウィルスの影響で売上は少し落ちたものの、いづれ元に戻ることを考えるとバイトさんは力になってくれるので欠かせない。今、バイトさんは3年以上の方ばかりですが、働きやすいという印象を持っていただいているのかも」

30席程度の空間がぎっしり埋まるランチタイムも「通常はこの中で4人で回している」という。この陣営で料理を手際よくお客さんに提供する上で、注文からできあがりまでの効率を大切にしている。

「ウチは食堂ですから基本は料理を10分ぐらいで提供できるようにして、注文から一番時間がかかる料理も15分ほど。2〜3分でできるものもあるんです」

そんな料理が作られるまでを、公和さんと「大切な右腕です」と話す調理長の藪さんに見せていただいた。

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最初に調理したのは初代から受け継がれる生姜焼き。ポイントは焼き方にあるという。

「お肉って焼きすぎるとパサパサで固くなるし生だと食べれない。豚肉はモチっとした食感が美味しいので、そこに着地させたい。そのために大切なのが焼き方。豚肉は弱火で調理しないと固くなってしまうんです」

フライパンの上に並べた肩ロース肉を弱火で焼き、「臭みが出ないようにしたりタレが薄まらないように」するため、あまり色がつかないタイミングでフライパンに溜まった余計な脂を捨てる。

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そこに「醤油とみりん、しょうが、にんにく、砂糖、隠し味に味噌を使っている」というタレを投入。「前はバラ肉だったけど肉を変えたんです」と、生姜焼きの醍醐味・食べごたえの良さを考えて選ばれたお肉が、食欲を掻き立てる色に染まったら完成だ。

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ここ数年で看板料理となった唐揚げは、2010年にレシピをリニューアル。

「元々おじいちゃんも作っていたけど定番じゃなかったんです。今の唐揚げは父のレシピをベースに調味料や肉の漬け込み方を変えてます」

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もも肉をタレに3日間漬け込んだものを一度下揚げして落ち着かせる。その後、注文が入ったら提供前にもう一度揚げる。いかに揚げたてアツアツを短時間で提供しながら、肉のおいしさを衣の中に閉じ込めるか。試行錯誤の結晶が揚げ油の中で軽やかな音を奏でている。

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サバの味噌煮もまた、短時間で提供しつつパサつかせないために、注文を受けてから一度下煮したサバを秘伝の味噌で煮込んでいく。メニューでもしめ鯖が推されていたりと、豊洲市場から仕入れる魚の良さも食堂の顔。そのポテンシャルを発揮させていく。

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創業当時から人気だったナポリタンも健在。まだアルデンテの概念がなかった当時は「パスタを20分以上茹でていた」というが、今は茹でた乾麺を水で引き締め油をまとわせて注文を待つ。

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フライパンで野菜と魚肉ソーセージを炒め、パスタを加えたら塩胡椒で下味をつける。ここにケチャップと「乳化させてケチャップをパスタになじませるために」バターを加えて更に炒め混ぜしてできあがり。

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ここまでの料理ができあがるまで、わずか10分程度。流れるような厨房のオペレーションに感嘆するしかない。

生姜焼き&唐揚げのA定食に、懐かしき素朴なナポリタン。そしてふんわり軽やかなさば味噌煮定食

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生姜焼きと唐揚げの組み合わせがA定食になって以来、不動の人気を誇るという。

一枚一枚が大きな生姜焼き、箸にずっしりとした重みを感じながら口に運ぶと、噛みごたえしっかりの豚肉と生姜の効いたさっぱりタレ。

何がいいかと言えば、タレの味の中にしっかりとお肉の味が活きてること。タレ味だけでごはんを食べさせるのではなく、しっかりエキスとの組み合わせでごはん一口一口を楽しくする。

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唐揚げは衣が軽やかでガブリと頬張ればエキスがジューシー。お肉の隅まで醤油の香りが華やかなタレが染みている。3日間手間をかけて育ててきた味は、頬張るごとに深くなっていく。

そんな食べごたえ抜群の主菜だけではなく、日替わり小付の昆布の煮付けもしっかりおいしいのが嬉しい。

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大きな半身のサバの味噌煮は、実際に目の前に運ばれてくるとそのボリュームに少し驚いてしまう。

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身はふっくら柔らかで、鯖の脂がしっかり乗ってる。どこか軽やかな味付けなのは三代目のチューニングの証。さすが、鯖にも味噌にもこだわった一品。もちろんごはんに合う味なのは言うまでもない。

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何より『おかずに合うごはんのためのお米』のコンセプトどおり、こうしたおかずの数々にたっぷりのごはんが止まらない。嬉しくなって止まらない。

「米はガス釜で炊いていて、今の大盛りが昔の普通盛りです。大盛り無料なのは二代目の時まで普通の量がマンガ飯みたいなだったから(笑)。

女性客が増えて大盛りがあれだとはずかしくて頼めないでしょうし。夜の営業でも単品をつまんで飲むお客さんの締めとして、小さめサイズのごはんも出るんですよ」と実に誇らしい。

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銀色のお皿が懐かしいナポリタン。素朴で郷愁に満ちた味が魅力的。

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パスタが纏うソースは滑らかでコクがあって、どっしりと構えている。シャキシャキの野菜が楽しく、初代譲りの味をベースにしたシンプルでパワフルなおいしさ。そこには魚肉ソーセージの存在が欠かせない。

◯「老舗と名乗るにはまだ早い」

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※新型コロナウィルスの影響もあって、訪問時の店頭ではお弁当とお惣菜販売に取り組んでいた。「以前、お弁当をやってた経験があって、こうした取り組みの時には大きいですね。容器があってもどこに何を入れるかといった盛り付けは一朝一夕にはできないですから」

「古くからのお客さんは、自分が知らないおじいちゃんの話もしてくれます。昔、早稲田に通っていた学生さんが『学生の時にお世話になったんだ』って来ていただけるのは嬉しいですね」

奇を衒わずに食堂の基本に忠実であり続けるからこそ、昔なじみのお客さんにも新しいお客さんにも愛され、長く営みを続けることができる。その軸にあるのは「温故知新」だという。

「流行りを追うだけの『おしゃれな感じ』は、絶対に廃れるしやめようと思いました。平凡で何気ないものにしたかったんです」

ただ三代目にとっては、この店が老舗と呼ばれるのはまだ早いようだ。

「百年を迎えて初めて老舗だと思う。僕が百年続けるわけじゃなくバトンリレーの証。百年の数字は切りがいいし、おじいちゃんが褒めてくれるかなと思う」

そんな公和さんにお店の未来について聞いてみると、

「大学1年生の娘がいて、『やってもいいかな』と言ってくれてる。ただ、周りにサポートしてくれる人がいないとできないと思う。自分も父や母、家内に料理長。色々な人が助けてくれるから今がある。もし旦那さんと一緒にやるとしても片腕が必要ですね。

そうならなくても、外に後を継ぎたいという方がいるなら考えると思う。ただ、野方食堂の屋号で引き継いでもらうのではなく、この場所で食を提供するという形での引き継ぎになるかな。この屋号は齊藤家のものですから。今はまず、家族チームの体制をよしとしてくれるお客さまの期待に応えて、百年を迎えることが目標です」

そんな歩みを続ける上で、大切にしていることは「心構えをもって続けること。自分は何屋なのか?という信念がないと続かない」と時代の変化に揺るがず頼もしい。

最後に、食堂が持つ良さについて尋ねてみた。

「カテゴリーに縛られないのが食堂のよさ。中華料理の技術だったり洋食の肉の焼き方といった良さを色々な料理に広げることができて、料理全体で良さを高めることができるんですよ」

そう、食堂は自由だ。だからこそ食堂のごはんはおいしい。


【お店情報】
創業年:1936年(昭和11年・取材により確認)
住所:〒165-0027 東京都中野区野方5-30-1
電話番号:03-3338-7740
営業時間:11:30〜14:30(LO)/17:30〜22:30(LO)
定休日:木曜日
おすすめメニュー:
A定食(960円)/さば味噌煮定食(820円)/ナポリタン(800円)
※店舗情報は2020年7月4日時点、料金には消費税が含まれています。

〒165-0027 東京都中野区野方5-30-1