千葉県習志野市。京成津田沼駅から歩いて5分ほどに建つ、赤い屋根がアイキャッチの建物。その外壁には『レストランあけぼの』のサインが掲げられている。
店頭に飾られたメニューが賑わうお店のドアを開けると、「いらっしゃいませー!」と二代目の石橋新治郎さんが笑顔で出迎え、厨房の奥から三代目の石橋亮さんの「いらっしゃいませ!」の声が聞こえる。
親子二人で切り盛りしている小さな洋食店が、津田沼の地で営業をはじめて100年近くになる。
「これがウチのおばあさんで、これが私の母の兄弟。みんな女で一人だけ武夫っていうのがいて、それがとんねるずの石橋貴明の親父なんだよ。小学校ぐらいのときにはウチにも食べに来てたんだよ」
お店の歴史について尋ねると、古いアルバムを手に思いがけない話を始めた新治郎さん。
「そこに京成の駅があるでしょ? 元々は新潟から来たウチのじいさんとばあさんが、同じ路線の高砂駅で『えちごや』っていう食堂をやっていたんだよ。当時、京成の車両工場の従業員さんがよく来てくれたんだ。その後、津田沼に工場が移転するのと一緒にウチも今の場所に。ウチの店はここに来たときを創業としてるんだけど、前の代を加えると100年を超えるんだよ」
まるで社食のような存在として親しまれていた食堂を、津田沼に移転してから切り盛りしていたのが、初代となる石橋イシさん。
「母が店の名前を『あけぼの食堂』に変えて、そば・うどん、寿司、ラーメンといった、いわゆる食堂の料理や、オムライスやトンカツ、ナポリタンとかの洋食をやってたんだよ」
名前は食堂だが内装は当時の流行だったカフェースタイル。ハイカラな空間で楽しめた食堂の手作りの味を、お客さんは喜んでいたはずだ。
■町のなんでも食堂が洋食店になった理由
後にそんなお店を二代目として継いだ新治郎さん。その礎となる料理の腕は二つの洋食の名店で培われたものだ。
「上に一人いる姉と日本橋のたいめいけんの長女が知り合いで、修行先として口を利いてくれたんだよ。たいめいけんでは新入りは二週間ごとに持ち場を変えて、オムライスやらラーメンやら色々な料理の作り方を学ぶんだ。同期で20人ぐらい入るんだけど1年後には3~4人ぐらいになってたね」
名店の厨房で研鑽を積んだ3年を経て、あけぼのへ戻った新治郎さん。「母の代は金属の型で整えたごはんを皿に乗せて、上に薄焼き卵を乗せたものがオムライスだった」という食堂の洋食は、本格的なものへと変化した。
それから1年半後のこと、当時のたいめいけんのオーナーからある相談があった。
「『娘の店に行って手伝ってくれないか?』って話が来たんだ。当時は食堂の仕入れを自分がしてたんで、『仕入れが終わった後で大丈夫なら』って条件で手伝うことにしたんだよ」
その店はケルン。たいめいけんと同じく長く老舗洋食店として愛される名店で「朝は市場で仕入れをして、ケルンに行って夜遅くまで働いてた」という生活は、再びあけぼのに戻るまで5年近く続いた。
「ケルンで働いていたころに、母が体調を崩してしまったんだ。店に戻ったときに『新治郎、あんたにまかせる』って。ただ、オレは洋食しかできなかったからレストランにしたんだ」
こうしてレストランあけぼのへと店名を変更。洋食専門店としての歴史がスタートし三代目の亮さんへとバトンは受け継がれた。
「長男なんで自分が物心ついたときには、親父や周りの人からの『息子が継ぐだろう』という空気を感じていたし、そういう目線で見られていた」という亮さんはケルンを修行先として選んだ。
「たいめいけんには年1回ぐらいのペースで挨拶がてらに行ってて、親父が世話になったこともあって学校を卒業したらお世話になるという空気はできていたんです。ただケルンにも年に一回ぐらい顔を出していてオープンキッチンを見たときに、忙しい割に厨房に人が少なく仕事を早く覚えられそうというのもあって『ここで修行をするのもいいかな』って思ったんです。たまたま、親父と一緒にケルンで働いていたチーフの方がたいめいけん出身という縁もあって、高校を卒業したら入ることになったんです」
父と同じ厨房で洋食修行の第一歩を踏み出した亮さんだったが、一つの出来事をきっかけに半年であけぼのに戻ることを決断した。
「母が転んで怪我で仕事ができなくなり、あけぼのが忙しくなる昼間の時間帯だけ手伝うことにしたんです。昼はあけぼの、夜はケルン。早朝から深夜まで二箇所で休みなく働いたら、自分も体調を崩してしまったんです。結局、母の回復ぶりが思わしくないこともあり、ケルンに迷惑がかかるので、あけぼのに戻ってきました」
もともと「中学生のときからホールの手伝いをしていた」という亮さん。父が作る料理をお客さんに届けつつ料理の修行に励む日々がはじまった。ただ、新治郎さんいわく「息子が戻ってきた嬉しさはあったけど、お客さんが少ない時期もあって、もしかしたらお店を締めるかもと思った」という時代もあった。
「以前あった洋食ブームの前は喫茶店の延長線にある料理と捉える方もいました。その時期は客足が伸びなかったこともあったんですが、そんなときに地元の先輩や仲間が客として来てくれたのはありがたかったですね」
京成電鉄の社員に始まり、今は地元客や営業マンが訪れる店となったあけぼの。料理のおいしさが街の生活を支え、その笑顔に店が支えられる素敵な関係は、時代が変わっても揺るがない。
■オムライスに愛と技術を込めて
メニューを見ると、オムライス、エビフライ、クリームコロッケ…と、二代に渡って培われた技術で作られる洋食がズラリと並ぶ。
「常連さんから『なくなっちゃったの?』と言われるのでメニューは絞っていません」という中で、一番人気はオムライスだ。
「前はカレー、エビフライ、ハンバーグが人気だったんですが、ある地元のタウン誌に紹介されてから、土日祝なんかはお客さんの90%がこれを頼むようになりました。レストランになってすぐからのお客さんには『昔からそんなに人気だったけ?』って言われますけどね」
たいめいけんやケルンで得た経験が凝縮された味は、豊富なバリエーションでもお客さんを喜ばせる。
「オムライスの形には昔ながらの卵で包むタイプと、オムレツを乗せるタイプがあるんだ。伊丹十三の『タンポポ』って映画で乗せるタイプが有名になったときに「たいめいけんのオムライスが食べたいんだけどできる?」という話になってね。
で、息子がやってみたら「これ、メニューでやったほうがいいよ!」って。包むタイプのほうが難しいんだけど、そもそもオムレツ自体が技術を要する料理だから、難しいことには変わらないね」
オムライスを語る新治郎さんから感じるのは、二人で小さな洋食店で作り続けてきた日々への誇り。では、たいめいけんやケルンの味をそのまま守っているのか?と尋ねてみると
「どの料理も自分たちなりのアレンジをしているので、今はあけぼのの味の洋食なんです」と、亮さんは強く語る。
新治郎さんが厨房で伝えた作り方をベースに、10年ほど前から厨房を一人で切り盛りする亮さん。種類豊富な料理を手際よく作るために、厨房内は様々な工夫がなされている。
「棚や冷蔵庫に入れるものの位置も全部決めています。厨房の中を整理整頓しておけばわかりやすいですし、忙しい土日を手伝うパートさんに『◯◯取ってください』とお願いしやすいですし」と、小さな無駄も省いたオペレーションを確立している。
そんな厨房で最初に作り始めたのはマカロニグラタン。炒めたエビや玉ねぎ、マッシュルームに白ワインとベシャメルソースを加える。
「焼き上がった後に油が浮かないように、バターの分量などの配合にはこだわっています。大切にしているのは舌触り、風合い、そしてコク。お客さんからも『他の店とミルク感がぜんぜん違う!』と、おっしゃられます」
そして、あけぼののグラタンに欠かせないのが「保温性が高くて冷めにくく、量もたっぷり入る」という土鍋。フライパンから流し込んだら、あとはオーブンに入れて焼き上がりを待つだけ。「オーブンの火はずっと一定の温度でつけている」ことが、忙しい時間帯にも素早く料理を出せる秘訣だ。
と、間髪入れずに今度はオムライスとハンバーグのセットメニューの準備に取り掛かる。
「馴染みのお客さんに鶏肉が苦手な方が多いので豚肉を使っている」というケチャップライス。ワインに漬けて匂いを消した豚肉や玉ねぎ、マッシュルームが鮮やかなケチャップ色に染まり、ライスがあおられるたびに食欲を掻き立てる酸味の効いた香りが立ち込める。
「ここにも白ワインを混ぜ合わせると、風味がトマトソースのようにになるんです」という。こうして出来上がったケチャップライス、実は「オムライス用のごはんは作り方を変えている」そうだが、作り方は残念ながら企業秘密とのこと。
その傍らでは、和牛の切り落としを使った合い挽き肉の手捏ねのハンバーグづくりに取り掛かる。とにかく、この手際の良さに驚くしかない。
「ウチは町の洋食店なので値段は安めに設定しているんですが、食材の品質は大切にしています。今も週1~2回は船橋の市場でエビなんかの海産物を仕入れてますし、米はすぐそばにある老舗の米屋さんから、野菜も地元の八百屋さんから仕入れています。ハンバーグもウチの好みを知っているお肉屋さんがいいものを使わせてくれるんです」
そんな選びぬかれた素材で作るデミグラスソース作りには、旨味を凝縮すべくじっくりと二週間費やす。
「もちろんハンバーグにかけたりしますから、作る量も変えてきたんです」と、味の幹となる部分は変えずに絶えずアップデートされている。
オーブンの中を確かめながら、オムライスの仕上げにかかる亮さん。油で慣らしたフライパンにLLサイズの卵2つ分の卵液を流し込む。さながら生き物のように波を打ちつつ、少しづつまとまっていく。
あとはトントンとフライパンで形を整え、ケチャップライスを包み込めばできあがり。
「やっぱり、さすがあけぼのだね!という部分は守りたいんです。でも洋食は懐かしくてもいいけど古くなってはいけないもの。昔からのやり方が進歩しないのもダメ。少しずつ技術面でも進歩させたい」
クラシックと未来志向を組み合わせて、あけぼのの料理は作られる。
■オムライスの一体感、濃厚デミソースをまとったハンバーグ。そしてミルキーなマカロニグラタン
こうして完成したオムライスプレート。白い大きなお皿の上で卵やケチャップの鮮やかな色が映える。
一口目に感じたのは歯ざわりのおいしさ。お米がしっかり立ったケチャップライスと、フワッと軽やかな卵との一体感。一粒一粒にしっかり纏わせたトマトソースのような風味豊かな味の中に、玉ねぎやマッシュルーム、そして豚肉の存在感が活きている。
ここにケチャップの酸味が組み合わさると、昔ながらの味のベースになるあの感覚が膨らんでくる。最初の一口から最後の一口まで、まろやかでコクしっかりな卵が包み込む。これはスプーンが止まらない。
ハンバーグは一口目から食感で驚かせる。
思わず声が出てしまうほどに柔らかな口当たりから、しっかりと噛みごたえある肉々しさに変化。重厚なデミグラスソースの酸味とほろ苦さ、コクが肉のエキスを包む。そして、この力強い味とオムライスの2つの濃厚な味が一緒に楽しめるプレートならではの醍醐味は、デミソースとケチャップを組み合わせて食べて、新しい美味しさが生まれることにもある。
そんなオムライスプレートに欠かせないのがコールスロー。「修行先で作っていた時と具材は一緒だけど、ある程度漬け込んで甘酸っぱめにしています」と、シャキシャキの食感で口をさっぱりさせつつ、ほのかに懐かしさの余韻を残す。
また「洋食って和の要素が残っているので、昔から具だくさんの味噌汁を出してます」という言葉のとおり、サバの水煮と根菜類を組み合わせたり、エビの頭で出汁を取ったりと、常連さんの口を日替わりで満足させる。食堂らしさが残る味に洋食との相性の良さを気付かされる一杯だ。
そしてマカロニグラタン。こんがりと焦げたチーズの香りを浴び、乳白色のベシャメルとのグラデーションを見ているだけでお腹が空く。
トロリと滑らかなベシャメルは、ミルク感しっかりでコクもくっきり。そして玉ねぎもエビもシャキシャキプリプリ。塩加減も優しく最後の一口までおいしく食べられる。飲み込む瞬間に味が濃く感じるこの変化が余韻を色濃く残す。ボリューム満点なので単品で注文しても大満足の一品だ。
ハンバーグのデミグラスソースやベシャメルソースといった、味の軸がしっかりしているからこそ食べ飽きることがなく、お皿が空っぽになったらすぐまた食べたくなる。ここはそんな店だ。
■あけぼのの味は変わらない、でも進化させていきたい。それがプロの仕事
「津田沼駅の界隈から昔からのお店が少なくなってるんです。僕の同級生も寿司屋だったのですが店を閉じてしまいました」
健康上の理由や代継ぎがいないという理由で、昔ながらの飲食店が姿を消す代わりに、ロードサイドのチェーン店は賑わっている。全国各地で見られる平均的な外食の姿だが、亮さんは自分が生まれ育った津田沼で訪れるお客さんを喜ばせている。
「いつ食べに来ても同じ味を作るのがプロ。お客さんはウチの味を求めてきているので、それに応えられるようにしたい。ただ、満足してもらうために急激に味を変えることはしないけど、少しずつ時代に応じて進化をしている。それは止めたくないですね」
そんな亮さんに四代目について尋ねてみた。
「僕は初代であるおばあちゃんに対する感謝の気持ちが大きくて、だから今も続けているけど、お店の人気があるときに惜しまれつつ引退したいですね。もちろん、僕の子供が自分の背中を見て四代目としてやりたいなと思ってくれたらうれしいけど、大変なことも多いので勧めることはできない。一人でやっていることもあって10年後に不安はあるけど、まずは続けられる限り続けたいですね」
長く続けていると、久しぶりのお客さんが訪れた時はやはり嬉しいそうで、「30年前に住んでた人が『あ!あけぼのがある』と、店に来たお客さんが喜ぶ姿が嬉しかった」とのこと。
真っ当においしい洋食を作ってきた証はお客さんの笑顔。それが日々の向上心となり、あけぼのの味を支えている。
【お店データ】
創業年:1924年(大正13年・取材により確認)
住所:〒275-0016 千葉県習志野市津田沼3-9-16
電話番号:047-472-3260
営業時間:11:00〜14:00(L.O)/17:00〜21:00(L.O)
定休日:月曜日(祝日の時は営業、代休あり)
ウェブサイト:https://narashino.mypl.net/shop/00000061846/
おすすめメニュー:
オムライス(990円)/オムライスプレート(1,300円)/マカロニグラタン(1,080円)/特大エビフライ(パンかライスつき・2,160円)
※店舗データは2019年5月23日時点のもの、料金には別途消費税が加算されます。