■「佐々木」の性と2つの屋号をめぐる物語
青森県の南西部、阿闍羅山が見守る南津軽郡大鰐町。
800年の歴史を持つ温泉地の一角にあるのが、阿弥陀如来が祀られ「津軽の大日様」として親しまれる大円寺。その2分ほどの場所で店を構えるのが「朝日屋 日景食堂」です。
お店の創業は明治30年。食堂の初代となる佐々木治助さんが、当時、仲のよかった住職に声をかけられ、甘酒といなりずしのお店を寺の前で開いたのが始まりです。
ところが、現在の食堂の看板には朝日屋の文字に並んで「日景食堂」の屋号が。
元々は畠山性だった治助さん。青森と秋田の県境で日景の性を持つ家に婿入りをしたものの、奥様が他界されたことをきっかけに馬喰としての生活を始め、出会ったのが佐々木性を持つ奥様でした。
その一方、治助さんは出身の大館の人から「佐々木」ではなく、「日景のオヤジ」と呼ばれており、それがいつしかアダ名となって二つ目の屋号が生まれたのです。
■危機を乗り越えた暖簾の系譜とメニューの進化。
「あまり朝日屋の屋号を使わなかったこともあるが、やっぱりこの屋号も大切にしていきたいんです」
当時の写真や看板と共にお話いただいたのは、三代目の佐々木清志さんと、四代目の仁志さん。明治、大正と時代にまたがって町に愛されてきた食堂ですが、実は第一次世界大戦に単を発した恐慌で一度は危機状態に。しかし、無事に乗り越えると昭和27年に店舗を改装します。
この頃には、軍隊の部隊長付き調理人として戦地に赴いていた清助さんが、二代目としてお店を手伝うようになり、食堂の忙しい日々を過ごす中で5人の子宝に恵まれました。
その長男である清志さん。高校を卒業してすぐにお店に入りましたが、実は「菓子職人になりたかった」とのこと。
そして、四代目として後を継いだ仁志さんは、「別に誰かに継げと言われるわけでもなく、自然の流れで」高校卒業後に栄養士の専門学校を経て県内のお店で研鑽を積まれた後、厨房に入りました。
こうして四代に渡って継がれている二つの屋号。時代と共にメニューも近代化していきましたが、その中でも目を惹くのがカツカレーやオムライスといった洋食の数々。
「三代目から始めたメニューを発展させながら、今の形になっている」とのことです。
■野趣に富んだもやしがたっぷり!「大鰐温泉もやしラーメン」
そんな食堂の名物メニューは「基本的なところは、昔からの作り方を受け継いで作っている」という中華そば。イワシの焼き干しと日高の根昆布に、鰹節や鯖節も使った出汁。そこに地元大鰐の醸造元「マルシチ」の醤油を使ったタレを効かせた一品です。
そして、ここ数年ですっかり人気が定着したのが「大鰐温泉もやしラーメン」。
主役は350年の歴史を持つ町の特産品「大鰐温泉もやし」。在来種の「小八豆」を温泉熱と温泉水で育んだもので、その特長は、野趣あふれる風味と独特のシャキシャキした食感。
他のもやしには見られない個性を引き出すため、四代目の仁志さんが昔からのお店の名物と組み合わせたラーメンは、「もやしとの相性がよかった」ということで塩味なのがポイント。
昔から使われてきた市外局番のない丼が見守る厨房の中、温泉もやしを筆頭に、にんじん、ねぎ、キクラゲといった具材をしっかり炒めて、熱々のラーメンの上に盛り込んで、仕上げにコショウをパラリとふれば完成です。
湯気と共に立ち上る、力強いもやしの香りに食欲を刺激されつつ一口。
麺をズズッとすすれば、もやしのシャキシャキとした食感と麺のモチモチした歯ざわりが、口の中で手を取り合って踊りだします。
ここに絡むスープからは、塩味がしっかり効いた濃厚な魚の旨みがじんわりと広がって、夢中になってスープを飲めば、まるで温泉に浸かっているかのように全身に染み渡る感覚に包まれます。
ゴマの香ばしさやコショウの刺激がアクセントとなった美味しさが、大鰐温泉もやしの歴史への想いを一層膨らませます。
■賑わいに静かに寄り添う小さなテーブル
そんなラーメンをもっと美味しく味わえる席が、店の壁沿いに配置されたケヤキのテーブルと椅子。
二代目から使われ続けて、修理を重ねた今もなお現役です。
かつての日本人の胴長体型に合わせ、椅子の高さが少し低めに作られた、昔からの常連さんが愛してやまない特等席。二つの屋号の物語と大鰐温泉もやしと共に、ぜひ次代に受け継がれてほしいものです。
朝日屋 日景食堂
創業年:明治30年(取材により確認)
住所:〒038-0211 青森県南津軽郡大鰐町大字大鰐字大鰐55-2
電話番号:0172-48-3430
営業時間:11:00~19:00
定休日:不定休
主なメニュー:大鰐温泉もやしラーメン(680円)/中華そば(520円)/津軽そば(440円)/オムライス(スープ・サラダ付 820円)
※店舗データは2016年2月29日時点のもの