■黒石の鉄路を支えた駅前食堂
弘前市と黒石市を結ぶ弘南鉄道弘南線。その終点である黒石駅から歩いてすぐの場所に、大正時代からの建物がそのまま残る「すごう食堂」があります。
開業したのは大正元年。奥羽本線の川部駅と黒石の市街地を結ぶ、「黒石軽便線」の開業がきっかけでした。
川部駅までの距離は6.4キロと短く、駅の数も全部で3つと少ないものの、黒石にとっては大切な路線。そんな鉄道を使うお客さんの利便性を考え、鉄道鉱夫だった初代・船木定吉が、駅の正面に前身となる船木食堂を開業しました。
その後、定吉の娘・みささんが一旦はお店を継いだものの洋裁の道へ。そこで、みさの姉であるよしさん夫婦がお店を引き継ぎ、夫である須郷金太郎さんの苗字を冠した「すごう食堂」へと、屋号が変わったのです。
■姉妹は町の生き字引。
現在、四代目としてこの暖簾を守り継いでいるのは、よしさんの娘・清(せい・写真左)さんと、妹の君(きみ・写真右)さん。御年86歳と70歳には思えないほど、お元気な姿です。
女学校を卒業した昭和20年頃からお店を手伝っていた清さん。70年以上にわたって、駅前の変遷を見つめてきた姿は、まさに町の生き字引。年齢を忘れてしまうほどの元気な姿で、調理場に立ち続けています。
三代目のよしさんと共に、清さんが調理場に立っていた時代。それは飲食店で料理の出前が盛んになりだした頃。すごう食堂も例に漏れず出前で忙しくなる中、君さんがお店を手伝うようになりました。
ちなみに、清さんのきょうだいには教師の弟さんもいたのですが、最初から「店のお手伝いをやるわけがない」と思っていたそうです。
■昔ながらの手仕事が味を決める。
壁に掲げられた大きなメニュー。そこには、昔ながらのそばやうどん、ラーメン、そして黒石つゆやきそばまで。食欲を静かに掻き立てる料理が、満員電車のようにぎゅっと詰め込まれています。
駅前食堂として、地元の馴染み客の胃袋を満たすために生まれたお店が、ご当地グルメとして親しまれる味を目的に、黒石に来た県外のお客さんをもてなす。黒石の町と鉄道とのつきあい方の変化が、この中に凝縮されているようです。
そして、この食堂の料理には、化学調味料は使われていません。
「これを使った料理には余分な味がついていて食べられない」という清さんにとって、自分が美味しいと思う料理でお客さんに喜んでいただきたい想いは当たり前のこと。
出汁に使う煮干しは必ず頭と内蔵を取り除いて使うといった、昔から受け継がれてきた細やかな手仕事で、味を作り上げています。
この日注文したのは玉子そばとえび丼。決して広いとは言えない調理場ですが、立ち位置を入れ替えながら、そばを茹で、出汁とかえしを合わせ、小鍋でエビフライや玉ねぎを煮込む。その動きは、まさに「あ・うん」の呼吸です。
小さな背中から次々に料理が生まれる姿は、いつか見たことのある風景と重なり、まるで、親戚のおばぁちゃんの家に遊びに来ているような感覚になります。
■優しさが溶けこむ「玉子そば」と「えび丼」
まずは、湯気から立ちのぼる香りに誘われて、熱々のおつゆを一口。たっぷり溶け込む煮干しの雑味のない旨みが、ほどよい塩加減で引き出されています。
複雑に絡みあう色々な旨みのハーモニーを楽しむのが、近代のスタイルとすれば、シンプルに出汁の良さを楽しむ。これがすごう食堂のスタイル。ずずっと蕎麦をすするたびに懐かしさを感じるのは、きっと優しさが溶け込んでいるからに違いありません。
一方、「エビが昔に比べて手に入りやすくなった」ことで、四代目から作られはじめたえび丼。煮汁の旨みが染みこんだ、えびを包むきめ細やかな衣や玉ねぎが卵で閉じられ、アツアツのごはんに煮汁が馴染んだおいしさに、ハフハフとかきこむ手が止まりません 。
シャキシャキした玉ねぎや三つ葉、そしてえびのプリプリ食感が効いているので、カツ丼のような重たさを感じさせることなく、最後の一口までスピードは衰えを知りません。もちろん、お味噌汁にも出汁の旨みがたっぷりです。
町の変遷を最前線で見守ってきた食堂は、駅から歩いて引き戸をガラッと開ければ、「ただいま!」と言いたくなるお店。ごはんを食べに行くというよりも、お二人に会いに行くというのが正しいのかもしれません。
すごう食堂
創業年:大正元年(取材により確認)
住所:〒036-0301 青森県黒石市一番町186
電話番号:0172-52-3476
営業時間:10:00~19:00
定休日:8月13日、正月三が日ほか不定休
主なメニュー:玉子そば(500円)/えび丼(800円)/つゆやきそば(700円)
※店舗データは2016年2月29日時点のもの、料金はすべて税込み。