青森県五所川原市「亀乃家」

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■三代目の放蕩と四代目の決意

「ひとつ前の建物は60年以上使っていたんです。3年や10年の短期間で五所川原の市内を転々と巡っていました。」幼き日の記憶を思い出しつつ、お店の移り変わりを語る亀乃家の四代目・金川和弘さん。

初代の長女のご主人・勝三さんが二代目を継いだのは、賑わう昭和の頃。料亭もやっていたこともあって、お店で働くお弟子さんも多く、規模の拡大や時代の変化に伴って洋食も扱うようになりました。

しかし、お店の規模が大きくなるにつれて、店のことを使用人に任せることが多くなっていったのが、三代目を継いだ正男さん。「飲む買う打つ」の姿を見た料理人や従業員は次々と店を後にし、商店街に面していたお店は、いつしか小さなお店に変わっていったのです。

そんなお店を四代目の和弘さんが継ぐ決心をしたのは、高校3年生の二学期のこと。「東京の大学に行き、別の仕事をしたかった」という想いの一方で、四代目として後を継ぐ決意をさせたのは「心のどこかに、このまま亀乃家がなくなるのは勿体無い」という想いでした。

卒業後は横浜で修行を積み、20才の時に五所川原に戻って以来、今日まで実直に暖簾を守りぬいています。

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■食堂の進化を象徴する「天中華」

亀乃家の暖簾に描かれている「そば処」の文字。そんなおそばのお供といえば天ぷらですが、亀乃家の天ぷらはホタテのかきあげ。以前は「青森の西海岸や八戸、青森の漁港で水揚げされた鮭や鱒といった魚を天ぷらにしていた」そうですが、いつしかかき揚げが主役となっていました。

誕生のきっかけとなったのは、ある日のこと。三代目が一日分として必要な分を揚げ置いた、かき揚げを目にしたお客さんの一言でした。

「その天ぷらを、中華そばに入れてくれ。」

今では「舌代」に欠かせない天中華が生まれた瞬間です。

一方、壁に掲げられているのは鍋焼きうどんの文字。実はここ、青森県内で初めて鍋焼きうどんを提供したお店。新メニューが生まれる環境に、新しいもの好きの神様がついているのでは?と思えてしまいます。

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丁寧に引いた出汁がアルミの鍋に注がれ、しなやかな麺がたくさんの具と共に煮込まれる。その傍らで、小ぶりのホタテがたっぷり入ったかき揚げが、「じゅわぁ」という音を奏でながら芳ばしい色に染まる。

四代目と奥様、四代目のお姉さん、そして去年仙台から戻った五代目の尚寛(なおひろ)さんが、手際よく料理を作り上げる厨房は、笑顔に満ちあふれています。


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