福島県会津若松市「三角屋」

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■三角地に立つ食堂で産声をあげた、会津の中華そば

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戦前、会津若松の市内外から買い物客が訪れていた繁華街。

かつて融通寺町通りと呼ばれ、現在は本町通りと呼ばれる道路に面した三角形の土地。

三本の道路に囲まれた場所で産声をあげた一軒の食堂は、「坂本屋」の屋号を掲げていたものの、お客さんから「三角屋」と呼ばれるように。

いつしか店の顔たる暖簾の文字も、この愛称を自認するようになりました。

■食糧難と外食券指定制度の波を乗り越えて

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名物「中華そば」の文字と共に、店頭の暖簾に書かれる「外食券指定食堂」の文字。

第二次世界大戦中、食糧難に端を発して生まれたこの制度。家で食事をしない人に対し配布された「外食券」を指定食堂に持参すると、食事をすることができたというものです。

終戦後も食糧危機は続き、他の食堂が次々と店を畳む中で、指定食堂だった三角屋は大波を乗り越えて今日に至ります。


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