■昭和の町の玄関口で、旅人と町の空腹を満たす
大分空港から車を走らせること約1時間。たどり着いたのは県の北部、周防灘に面した豊後高田市。
明治から昭和中期にかけて、西瀬戸地域の交流の結節点として栄えたこの町に、鉄道が開通したのは大正5年。日本三大八幡宮の一つ・宇佐神宮と、国東半島の玄関口を結ぶ宇佐参宮鉄道の始発駅となった豊後高田駅。大寅屋食堂はこの地に店を構えました。
鉄道が廃止された現在は、バスターミナルとなった旧駅舎。そのすぐ向かいに建つ「豊後高田昭和の町」と掲げられたゲートの先、駅通り商店街の入口すぐに見えたのは、これぞ百年食堂といった外観。
かつて出前に使われていたという自転車が置かれた店頭には、昼休みの時間を過ぎたにもかかわらず、大学生ぐらいのお客さんがひっきり無しに自転車を停め、次々と店内に入っていきます。
木製の引戸の先に広がるのは、年季の入った合板のテーブルやパイプ椅子が出迎える空間。 そこには町の移り変わりと共に昭和の時代を過ごしてきた風格を感じます。
「お店の建物は、ところどころを修繕しながら使ってるんです」と、三代目の山本勝一さんと靖子さんご夫婦。
大寅屋食堂の暖簾が初めて掲げられたのは昭和3年。熊本県宇土市に生まれた河瀬万蔵さんと奥様のキワさんが、この町に創業して90年近くが経過します。ご夫婦で食堂を切り盛りする中、南満州鉄道で働いていた息子の正一さんは芹川静子さんと結婚。3人の子供と共に満州に暮らしていました。
ところが、昭和19年に正一さんが現地で軍に招集。昭和21年3月2日に戦病死という形で、生涯の幕を閉じることになったのです。この頃、静子さんは正一さんが招集されたこともあって、子供と共に日本へ帰国。初代が故郷の熊本に帰るタイミングと重なったこともあって、大寅屋の二代目として、うどんやいなり寿司、あるいは玉子丼といった料理を提供する日々を送ることになったのです。
その後、お見合いで知り合った小野義忠さんと再婚。戦時中、北九州市門司で軍の調理担当に従事していた義忠さんは、そこで学んだちゃんぽんを食堂で提供することにしたのです。
「昭和20-30年代当時、静子さんは親しいお客さんたちが入ってきたら、注文を聞くことなくいきなりおいなりさんを出して、お客さんが何か言ったら『これを食べなさい!』って。昔らしい気心が知れた関係ができていたんです」
■昭和55年から値上げなし!その心意気に惚れました!!
そんな食堂に生まれた靖子さん。勝一さんとの結婚後、三代目として店を継いだのが昭和55年。なんとそこから35年以上もの間、一度も値上げせずに今日までこの料金を守ってきたんです!!
「値段を据え置いているのは、一種の結果論なんです。消費税率が上がったからって値上げするのもよくないですし。確かに仕入れは頑張っていますが、値段を変えなくても損はしない程度になっています。まずは、その水準にあるべき努力を続けることを心がけています」
そんな、お店の名物メニューはもちろんチャンポン。値段はまさかの350円!興奮を隠せません。他にも丼やうどんといった昔から受け継がれてきた料理が気になりつつ、場所柄もあって惹かれるたかな焼めしの文字。こちらも350円、いやぁ…すごいものです。
ご夫婦の心意気がたっぷり詰まった二つの料理、さっそくいただきます!
手を伸ばせば出汁の入った鍋や食材、調味料にすぐ届く厨房の一角。明るい日差しを浴びながらフライパンで卵焼きが作られ、茶碗一杯分のごはんが投入されたところに高菜漬けが登場。「元々、先代の頃から自宅用に作っていた」という高菜漬けは、無農薬の高菜を使ったもの。一度洗って塩を抜いてから使うことで余分な塩気がなくなり、鷹の爪の辛さもマイルドになるのがポイントです。
ちなみに、昔から食堂の顔たるメニューのような風格を感じますが、実はこのメニューが登場したのは比較的最近のこと。きっかけは昭和初期の賑わいを商店街に再現する『昭和の町』プロジェクトでした。
「まちおこしとして『昭和の町』の取り組みが始まる時、担当されている方が来て、お店ごとに名物を『一店一品』として出そう!という取り組みを聞いたんです。そこで、昔からの名物だったちゃんぽんの他に、新しい名物を開発しようってことになって。そこで考えたのが高菜を使ったこれなんです。普通の焼き飯は昔から作っていたので、そこに高菜を加えてみようと。あと、麺とごはんの相性も考えて、一緒に頼むメニューとしていいかなって」
二杯、三杯とたっぷり加えて、卵やごはんと馴染ませるように炒めたら、香りつけの醤油をパラっと。『これで十分だ』と立ち上る香りが教えてくれます。
お次はチャンポン。フライパンでキャベツにモヤシといった野菜や豚肉、エビ、練り物を炒め、「昔と同じ鰹節といりこで取った」という秘伝の出汁を注ぎます。あとは、傍らにある鍋で茹でた麺を投入して、馴染ませたところでできあがり。
「二代目の頃、50年ぐらい前から変えてない」という、一般的なラーメン丼よりも一回り小さめの器に盛り付ければ、あとはアツアツを口に運ぶだけです。
■値段を忘れるほどに、真面目なおいしさのたかな焼めしとチャンポン
まずはたかな焼めしから。スプーンで口に運べばこの上なく絶妙な塩加減に驚かされます。ご飯一粒一粒がまとった高菜の香りと、ほんのりと残った鷹の爪の刺激。主張が強い辛さではなく、主張を抑えることで逆に辛さの花が咲く。 歯ざわり軽やかな玉子も、まろやかな足し算として効いてます。
お次はチャンポン。山盛りの炒め野菜を目にすれば『さぁ、食べるぞ!』と、スタートスイッチが入ります。スープをぐびっと飲めば、こちらも絶妙な塩加減に導かれて、海で生まれた出汁のハーモニーが舌に旨さの余波を残します。これは動物系ではなく魚介系。そこに野菜の甘さが溶け込んだ旨味に、どんなに飲んでも重たさを感じることはありません。食後の汗のことなんてこと考えずに、このスープを飲み干したい!そんな衝動に駆られます。
少し固めに茹で上げられた麺をすすりながら、シャキシャキの炒め野菜を楽しむ。そうしているうちに、だんだんとお腹も一杯に。小さめの器に入った見た目と、実際に胃袋に進んでいった量は、不思議と一致しないものです。
二つ食べ終えてお腹はちょうど九分目。でも、そんな中で目に入ったのが「おでん」の文字。これだけの二品を食べてしまうと、『もっと食べたい!』となるものです。
煮汁がしっかり染まった3品盛り。一つひとつが大きく、食べ終わるころにはお腹は限界に。ちゃんぽんと高菜焼き飯に合わせたい存在であるのはもちろん、「冬場は大根が美味しくなるので、これを加えた4品になるんです」という聞き逃せない情報も。おでん、侮るべからずです。
■全国から人が集まる町の生き字引
時代と共に変化してきた駅前の賑わいと共に歩んできた大寅屋。今も土日となれば店内は一杯になり、自慢の料理が全国から訪れるお客さんに愛されています。まるで町の生き字引、そんなお店を数年前から手伝うのが「たぶん、お店を継ぐと思う」という、息子の健士さん。
代替わりに向けて、値段や建物といった大寅屋らしさを保つのは、本当に難しいと感じますが、勝手ながら『ずっとこうあってほしい』という願いも。だって、家の近くにあったら通いつめたくなるのは、まさにこんな食堂なのですから。
【お店情報】
創業年:昭和3年(取材により確認)
住所:〒879-0628 大分県豊後高田市新町992
電話番号:0978-24-2357
営業時間:11:00-15:00/17:00〜20:00(夜営業は平日のみ)
定休日:火曜日
主なメニュー:チャンポン(350円)/たかな焼めし(350円)/おでん(3本・200円)
facebook:https://www.facebook.com/ootoraya
※店舗取材は2016年8月25日に実施。店舗情報は2020年4月17日時点のもの、料金はすべて税込み。