南場四呂右さん
Nanba Shirou
ブロガー・ライター
2007年7月から、今現在も毎日カレーを食べ続け、ブログやSNSに発信し続けるカレー生活者。旺盛な実験精神でカレー以外にも様々な分野に挑戦する体験主義者。あまり知られていないがカレーに限らず食べ物全般に対してグルメ。カレー三兄弟長男。
今回、お店を紹介してくれるのは、2007年7月から毎日カレーを食べ続け、カレーを中心に様々な活動をする南場四呂右さん。同じく連続カレー生活を続ける仲間と『カレー三兄弟』を結成し、カレー活動を発信しながら、一見カレーと接点のない活動もなぜか自然とカレーにつながるカレー界の不思議人物。そんな南場さんが紹介するのは『日本のインド料理』を追求する和魂印才たんどーる。カレーを人生の一部にする南場さんが100年残したいインド料理のお店との出会いや魅力に迫る。

再開後に虜に

「当時の仕事仲間にこのお店のことを聞いたのが最初。でも食べに行く前に閉店していました」。実は西武新宿線沿線の沼袋で営業していたたんどーるは店主の塚本善重シェフが2012年に脳梗塞で倒れ、その影響もあり2015年に一度やむなく閉店。しかし、たんどーると縁があった南場さん。2人は2013年に塚本さんも参加する日本人シェフによるインド料理イベント『LOVE INDIA』で出会う。南場さんはその後、イベントにスタッフとして参加し会話をするようにもなった。
さらに2016年、新宿で働いていた南場さんは帰宅途中に出店準備中のたんどーるの前を通りがかり移転を知る。「開店後食べに行って、”すげー!”となりました。それからは新宿から昼休みに小走りで来て、食べてまた小走りで帰って…あの年は毎週行ってましたね」。

今の物件を発見した時サザンオールスターズのアルバム『葡萄』の中の「アロエ」という曲の「勝負でろ!勝負に行こう!」という歌詞に背中をおされた塚本さん。このふどう通りはその時どうしてもぶどう通りに見えたというエピソードも

その結果、南場さんは「”あれ?親よりも会ってる”と思って。もちろん尊敬する料理人でもあるけれど今や親戚みたいに思うこともあります(笑)」。塚本さんも「遠い親戚とか近所の昔から知ってる子みたいな感覚はある(笑)。実はちょっと嫌だなと思う時期もあってね。だって前回と味が変わってないか心配になるから(笑)」という答えには2人の関係とともに塚本さんの料理人魂も垣間見える。

料理全体に気を使い、「おいしさとしては”一口目ではなく、3口目においしい”を目指してる」という塚本さんは和の食材の活用だけでなく、斬新なアイデアとスパイスを料理に組み込むパイオニア的存在。「断然、他にはない。ここに直接的にも間接的にもインスパイアされたお店もいっぱいある。塚本さんは今のスパイスカレーの人たちに背中を見せてきたと思う」と南場さんも語る。

料理が完璧だからこそ、
面白さにも説得力がある

南場さんは塚本さんの料理と人について「温度、食感、後味、丁寧さ..全部すごい。でも塚本さんは全然すごくなさそうに飄々としている。アマトリチャーナカレーなんかイタリアが入ってきて“日本はどこに行った?”みたいな(笑)。でもそれもうまいから説得力があるし、面白くておおらか。最近登場しない、ラムとゴボウの黒ゴマココナッツカレーなんか、どの食材も個別には嫌いな人がいそうだけど全部組み合わせると超絶においしい。こういうセンスがこのお店の真骨頂」

人気ナンバーワンの鶏ひき肉とナンコツのキーマカレー。梅干しとの相性に驚く。焼き鳥屋でナンコツ入りのつくねを食べて思いついた。

たんどーるのシグネチャー、和ッサムスープ。インド料理へのリスペクトと和のテイストの面白さ。もちろんおいしさは大前提の真骨頂。

塚本さんは「自分の中での最高傑作は和ッサムスープ。オリジナルだけどラッサム(インドの酸味と辛味のあるスープ)を想像できてインド料理へのリスペクトのある名前も決まった。これぞ和魂印才!」。

メニューのカレーや付け合わせは毎週変わり、セットで提供される。サイドメニューからも目が離せない。

この日の3種のカレーセット。サラダのドレッシングや高野豆腐のスパイス煮など、付け合わせも人気。健康的でおいしく、ライスは雑穀ご飯。

料理ができなくなってもレシピは残る

お店のレシピ本の出版、料理教室の開催など塚本さんは惜しみなくレシピを公開している料理界のオープンソース派だ。「今や、一般家庭をカレーに巻き込む中心的存在」と南場さん。「自分は弟子をとったりしてないから。それで仮に自分が料理ができなくなってもレシピが残ったらいい」という塚本さんの言葉には未来へ味を繋いでいこうという想いが滲む。

2021年には本格的なレシピ本「にっぽんのインドカレー」も出版している。

カウンターの一角にあるオブジェ群も和魂印才

体にも心にもいい料理≒社会運動

この店はカレー生活10周年の記念イベントを行うなど、南場さんにとって特別な思い出も多い場所だが、ここに来る理由は「向き合うために来る。まだ分かりきってない感じもある。混んでる時は塚本さんと会話もわざわざしませんし。誰かを誘ったりもあまりしませんね。食後の後味までしっかり楽しんで、チャイを飲むというのが通常の流れです」。
南場さんにとって「毎週来ていた時は計算すると全食事の7%以上はここの料理。だから自分の一部。食べ物は肉体にも精神にも影響が大きいけど、ここの料理は、食べた次の日に調子がいい人もいると思うし、そういうのが広がって欲しいなって。僕がこの店を一言で表現するなら”社会運動”ですかね(笑)」。

「スパイスの保存瓶の高さなんかも含めて向き合うのにちょうどいい空間」という南場さん。忙しい時はアイコンタクトだけで会話はせずに店を出る。

看板メニューのナンコツキーマを食べる南場さん。「お店が忙しくなければ少し残してスープ割という裏オーダーもあるんです。あまり知られていません」。

手抜きといっても
おいしいものが生まれてくるお店

さて塚本さんはこのお店にどんな展望があるのか。「今、58歳で62までがんばると沼袋と通算で30年なのでそこまではね。でもその後やめることもできないので60を過ぎたら、みんなにわからないよう手を抜きたい」とお茶目な解答。これをニヤニヤしながら聞いた南場さん、「それを手抜きと思ってるのは塚本さんだけで、何かおいしいものがでてくると思いますよ(笑)。ここはカレー好き以外にもぜひ足を運んで欲しいお店ですね」。
おいしさ、面白さ、仕事ぶり…南場さんではなくとも百年続いて欲しいと思うだろう。おいしさがあり、静かな驚きにも出会える店、それが和魂印才たんどーるだ。

店舗情報
初台スパイス食堂 和魂印才たんどーる

東京都新宿区西新宿4丁目41-10スカイコート西新宿1F
電話:03-6276-2225
営業時間:11:45~14:30頃L.O(水木金)
売切れ仕舞の場合あり
土曜日不定期営業あり 18:00~21:00頃L.O(22時閉店)
定休日:日月火

塚本善重さん

有名インド料理店での修行時代を経て、1997年沼袋にて「印度料理たんどーる(後「新印度料理たんどーる)」を開業。2012年に脳梗塞になり2015年に閉店。2016年、現在の初台に後遺症を抱えつつも「和魂印才たんどーる」として再スタート。再開後も大胆な食材構成を用いつつ洗練された印度料理は唯一無二。

ライタープロフィール
鈴木りゅうた フリーライター
ジャズ専門誌を中心に国内外著名人も多数含むインタヴューのほかマーケティング、医療などの記事を執筆。有名飲食チェーンの草創期にも携わるなど、手も動かすドキュメンタリー型ライター。