上原優子さん
Uehara Yuko
司法書士
港区港南在住歴16年。司法書士(職名:白崎)。開発が始まったばかりの頃から港南エリアに住み始め、タワーマンションが続々と建つのを間近で見ながら、子育てがしやすい街づくりのために活動を開始。現在は近隣マンションで自治会長としてエリアマネジメントの方たちとも積極的に意見交換やイベント企画などを行う。
今回お店を紹介してくれるのは、司法書士の上原優子さん。お仕事の傍ら、在住エリアのイベントを企画したり、マンションの自治会長としても精力的に活動中。そんな上原さんが行きつけとして教えてくれたのは、品川駅から徒歩10分ほどの魚料理の店「あじろ定置網」さん。上原さんがお店の馴染みになったきっかけや、なぜ100年続いてほしいお店なのか、その理由に迫ってみた。

都心の離れ小島で
ふわりと香る「くさや」の香り

品川駅から徒歩10分、橋を渡った先にある離れ小島のような港南エリア。ここに住んで16年になる上原さんが教えてくれたのは、魚料理がおいしいと評判の「あじろ定置網」だ。

手書きの文字が味わい深い「あじろ定置網」の看板

定置網漁の網の設置方法を示す見本が飾られている

お店がオープンしたのは2014年のこと。店名は静岡県熱海市の南端に位置する小さな漁港「網代漁港」に由来する。
近所に住んでいた上原さんは「新しいお店ができたんだな」くらいの意識だったが、ある日の夕方、鼻腔をくすぐる懐かしい香りに足を止めた。
「この香りは、もしかして……」

東日本全域で漁船に乗るとほぼ必ず飾られている龍王尊 善寳寺の大漁旗

店の扉を開けた先に、窓辺で魚を焼く男性の姿があった。「もしかしてそれは、くさやですか?」。上原さんが声をかけたその人は、魚食評論家で料理人の「西さん」こと西潟正人氏だった。西さんはたまにテレビ番組にも出演するちょっとした有名人で、魚業界で知らない人はいないという。
くさやは独特な香りで好き嫌いが分かれる一品だが、実は上原さんの大好物。「こんな陸の孤島でくさやが食べられるなんて!」。(現在、くさやはメニューにないとのこと)

チェーン店が多いエリアなので、こうした個人店はとても貴重だと話す上原さん

それを機に、一人で来ることもあれば、家族や友人、ご近所さんも連れてお店に足を運ぶようになった。当時、上原さんの娘さんはまだ保育園に通っていて、お迎えの帰りに食事することが多かったという。現在、西さんは引退され、料理長は河野さんにバトンタッチ。お魚の英才教育を受けた娘さんは、無類の魚好きに育った。
そんな思い出が詰まった行きつけの店だが、最近は娘さんの受験で忙しく、なかなか来るタイミングがなかったのだそう。

知らない魚が毎日入ってくる!?
料理長も海洋大学生もざわつくレアキャラが続々登場

刺身の盛り合わせ。種類の豊富さ、レア度、鮮度、調理の腕前。すべてが完璧

「あじろ定置網」では毎日入荷する魚が変わり、料理長の河野さんですらまだ見たことがない珍しい魚が入ることもある。それは漁港で獲れたものの中に、築地には出回らないレア魚や、規格外の「未利用魚」なども入っているから。

刺身の一品ごとに丁寧な仕事ぶりが窺える。こちらはイサキの皮引きと炙り

「わぁ!おいしそう〜」と嬉しそうな上原さん。

このお店は近所にある東京海洋大学と深い繋がりがあるそうで、大学の研究現場ともさまざまな連携を取っている。大学でシンポジウムがあれば教授たちや水産庁の方たちが店を訪れることもあり、アルバイトスタッフも海洋大学の大学生たちで、研究やワークショップで獲れた魚を持ってくることも。

河野さんの奥にいらっしゃるのはアルバイトで入っている海洋大学の学生たち。魚をさばくのもお手のもの

海洋大学のワークショップで釣れたカタクチイワシを生姜醤油で。これは鮮度が抜群に良いからこそできるものだという

西潟さんが書いた珍魚の食べ方図鑑

ときどき、名前すらわからないレアな魚が入荷すると、海洋マニアの学生たちは大興奮。料理長の河野さんは釣魚図鑑をひっぱりだして調理に挑む。

河野さんご自身は、元々魚が好きだとか、詳しかったとか、そういうことではなかったのだそう。大学卒業後、自分は会社勤めのサラリーマンになると思っていたが、たまたま飲食店に入ることになり、その店の常連で魚マニアとして知られる西潟正人さんにスカウトされて「あじろ定置網」へ。
毎日店に運ばれれてくる珍魚たちを相手に調理場で奮闘するうちに、並ならぬ魚知識と経験を積み、今では立派な魚マニアとなった。

「大きなサメやエイが来たことがあって、大変な思いをしましたよ。あれだけはもう持ってこないでほしいんだよねぇ」と河野さんは苦笑いするが、その反面、規格外の魚や、皆が知らないような珍魚のおいしさを伝える仕事に、やりがいを感じているようだ。

市場にはあまり出回らないという「カゴカマス」。信じられないくらい、うまい

この日、出してくれた焼物は「カゴカマス」。上原さんも初めてということだったが、一口頬張って「すり身じゃないかと思うほどフワフワ!」と歓喜の声を漏らす。ふんわりと柔らかく、なおかつ適度にしっとりとしていて、口に含むと淡雪のように消えていく。何という儚さ! これは人をダメにしてしまうくらいにうまい。

ささっと出してくれたおつまみ2種。日本酒と合わせていただくと、これまた幸せなお味

魚のおいしさをダイレクトに伝えるために、河野さんは極力シンプルに調理することを心がけているという。ささっと作ってくれたおつまみは、海の旨みをぎゅっと凝縮した飲兵衛好みの味。「これからの時期、これもうまいよ」と言って次々小鉢を出してくれた。河野さんもお酒好きなのだろうな。聞くと「好きだけど、休みの時は魚以外で飲みたいですよ、ヤキトリとか……」と笑った。

お魚英才教育の現場で
家族ぐるみのご近所付き合い

特注で作家に作ってもらったという魚皿

上原さんにとって「あじろ定置網」はお子さんとの“食育の現場”でもあったという。仕事と子育ての両立をする親御さんは忙しい。食事を準備するのが難しい日もあり、そういった時に「あじろ」を利用する近隣ファミリーも多く、ここに来ていた子どもたちは、皆魚が大好きになった。
上原さんのお子さんも、こちらで魚の英才教育を受けたおかげで、今は無類の魚好き。
※現在、混雑時のお子様連れはご遠慮いただいており、17時〜19時のみ入店可能

上原さんの娘さんがいつもおかわりするという、しめ鯖。酢の効いた一般的なしめ鯖とはまったく違うまろやかな味わい

河野さんの後ろには選りすぐりの日本酒の銘柄がずらり。河野さんが飲みたいものを仕入れているので、品揃えには自信アリとのこと

河野さんも、近隣ファミリーに助けてもらうことがあったという。感染症対策の時、大学が休校になったためアルバイトの学生たちも休むことに。そうなると、河野さんが一人でお店を切り盛りしなくてはならない。毎日20kgの魚を一人でさばくのは相当大変だ。それを聞きつけ、助っ人として集まったのが近所のパパたちだった。(しかし、魚をさばけるパパが一人もいなかったというオチもついて)

現在メニューはコース料理が主流

無事、通常営業に戻った現在も、お店をハブとした人間関係はかけがえのないものとなっているようだ。常連さんのLINEグループもあり「あじろの予約が急にキャンセルになって困っている」と連絡が入れば、メンバーが協力して食べに行くこともある。
年末の大掃除にもご近所さんたちが出動。そうすると、年末年始の忘年会、新年会と称して、河野さんがお店にあるもので料理をしてくれたこともあった。

まだ知らない魚と出逢える
魚料理の名店

お馴染みの魚といえば、サーモン、まぐろ、鯛、それから———?
幼少期から魚食に親しんでいる私たち日本人も、一生涯で食べる魚の種類はさほど多くないかもしれない。しかし、市場に出回らないから知らないだけで、おいしい魚はもっとたくさんあるのだ。そういう魚と出逢える店、それが「あじろ定置網」だ。
さきほどいただいたフワフワのカゴカマス。思い出せばすぐにでも食べたくなるけれど、次行くときはまた知らない珍魚に驚き、その時々の味を楽しませてくれるのだろう。
ぜひ、皆さんも一度いってみてほしい。近隣の子どもたちが皆魚好きに育つほど、新鮮でおいしい魚が食べられるから。

店舗情報
あじろ定置網

住所:東京都港区港南4丁目5−1 103
電話:03-6433-3571
営業時間: 月~金、祝前日: 17:00~22:00
(料理L.O. 21:30 ドリンクL.O. 21:30)
17:00~22:00
定休日:土、日、祝日
WEBサイト:
https://ajiroteichiamishinagawa.owst.jp/
https://gg2s200.gorp.jp/

河野 真和(かわの・まさかず)さん

「あじろ定置網」の店長兼料理長。普通に就職しようとしていたが、紆余曲折あって居酒屋チェーンや個人飲食店で経験を積むことになる。魚食評論家で料理人の西潟正人氏に誘われ、店に立つようになった。西潟さんの引退で店長兼料理長に就任。

ライタープロフィール
伊藤 璃帆子
コラムニスト・写真家として活動するマルチコンテンツプランナー。ケータリング店「SESSION」を運営。