深津康幸さん
Fukatsu Yasuyuki
企画制作プロデューサー
know Inc.代表。企画制作プロデューサー。事業領域は「暮らしに関することすべて」。石神井(東京都練馬区)に住みながら、アナログとデジタルの垣根を越え、さまざまな領域で企画プロデュースやディレクションを手がける。練馬区のシティプロモーションや建築不動産パートナーとの連携など、地場に根差した活躍ぶりが注目されている。
今回お店を紹介してくれるのは、企画プロデューサーの深津康幸さん。東京都練馬区石神井で「暮らしに関することすべて」を題材に、さまざまなコンテンツを展開している仕掛人だ。そんな深津さんが行きつけとして教えてくれたのは、同じく石神井にあるるナポリピッツァの店「PIZZERIA GTALIA DA FILIPPO」さん。深津さんがお店の馴染みになったきっかけやお店の魅力を紹介するとともに、なぜ100年続いてほしいお店なのか、その理由に迫ってみた。

石神井にある世界レベルのピッツェリア
推したいのは料理だけじゃない

「PIZZERIA GTALIA DA FILIPPO」の外観。

東京都練馬区で企画・制作プロデュースの会社を経営する深津さん。これまで企業やウェブ広告などさまざまな企画ディレクションを手掛けてきたが、あるとき「自分の暮らしと関係する領域で仕事をしていきたい」と一念発起し、地場のプランニングとプロデュースをする会社を立ち上げた。そんな深津さんが住み、働く街である石神井の行きつけの店、それが「PIZZERIA GTALIA DA FILIPPO」だ。

お店の前で待っていてくれた、紹介者の深津さん

店内に飾られているのは世界トップクラスのピッツァ職人が集まるカプートカップの賞状とカップ

西武鉄道池袋線、石神井公園駅から徒歩4〜5分の静かなエリアにある「PIZZERIA GTALIA DA FILIPPO」は、2006年世界ナポリピッツァ選手権第1位という輝かしい受賞歴を持つ。
深津さんが初めてお店の存在を知ったときは「こんなところに有名な賞を取ったピザ屋さんが出来たんだな」くらいの感覚だったという。

店内、厨房に鎮座する本格ピザ釜。手前にはさまざまな賞状が飾られている

「最初は奥さんと二人でお店に行きました。そのうちこどもたちも連れて家族で。今ではプライベートだけでなく、仕事でお世話になっている企業の方たちと一緒に行くことが多くなりました。とにかくこのお店をいろんな人に紹介していきたいのです」。
よほどおいしいピッツァなのだろう。おすすめのメニューを聞くと深津さんは「うーん……」と唸り、しばし考え込む。
「行くたびにシーズナルメニューがあって、何を食べてもおいしいですよ。旬の野菜が入ったピザがあります。うちの奥さんは海苔が入ったゼッポリーニが好きです」。
そう話してから、深津さんはまた少し考え込んでいる様子。

思い切って結論から切り出してみることに。
———深津さん、このお店が100年続いてほしいと思う理由は?
「たくさんあります!料理はもちろんおいしいけれど、飲食店経営者としてリスペクトしている人がいるのです」

「PIZZERIA GTALIA DA FILIPPO」オーナーの岩澤さん

今から5年ほど前に地域に根差した会社を立ち上げ、この周辺についてリサーチをしていた深津さん。たくさんの人から話を聞いていくうちに、この店の話題がよく聞こえてくるようになった。それは有名ピザチェーン店から独立した経営者だということや、世界的なピッツァの賞を獲得していること。
———だけではなかった。
早朝に地元農家のところへ行き、作業を手伝いながら草むしりをしているオーナーの岩澤さんのこと。震災があったとき、薪で温かい食事を近隣住民に提供していたこと。有事の備えに数百人分の食料を備蓄していること。地元野菜のブランディングに取り組んでいることなど。
「岩澤さんは日本の未来を担うレストラン経営者です。とてもリスペクトしています」と深津さんは話す。

すべての答えは土の中にある。
料理人として農家さんから学ぶこと

焼きたてのピッツァ。優しい小麦の香りと野菜の味を楽しむ

世界最優秀賞ピッツァを目当てに遠方から訪れる人もいるが、オーナーの岩澤さんはそういったわかりやすい価値ではなく、見えないものの価値を伝えていきたいと話す。
「日本の飲食業界は利益率のことで頭がいっぱいです。できるだけ安く仕入れて、たくさん売ろうとするが、それではいけない。どうしていけないのか。それを学ぶには、農家さんのところへ行くのが一番。すべての答えは、土の中にあります。僕たち料理人はお金を優先することを一旦やめて、農家さんが納得する価格で作物を仕入れるべきです」。

店内に貼られたボードにはフェアトレードの活動が紹介されている

玉ねぎ一個を作るのに、収穫の何年も前から土作りをしている生産者たちの労力を知らなければ、その玉ねぎに値段をつけることはできない。通常200円程度で仕入れられる玉ねぎは本当にその価格で採算が取れるのだろうか。作り手の事情を知らないまま、私たちはより安く買おうとしてはいないだろうか。
「サステナブル」「フェアトレード」といったキーワードが注目されて久しいが、それを日常的に意識している人はまだ少数派。
人や土地との繋がりが薄くなってしまった現代人が、今すぐ取り組みたい課題がある。それは決して小難しいことではなく、作物がどのように作られ、人の体と環境にどう影響するのかを知った上で、消費に選択肢を持つということである。
ピッツァを通じて岩澤さんが届けようとしていることは、想像していた以上に大きなメッセージだった。

ピッツェリアのすぐ近くに物販の店があり、イタリア食材やワインだけでなく日本国内の良いものも揃えて紹介している理由は「日本にも世界に誇る良いものがたくさんあることを知ってもらいたいから」

岩澤さんがお店として力を入れていることは、まず生産者ファーストであること。良いものを適正価格で仕入れ、それを適正価格で消費者に提供する。自分たちは必要以上に利益を追求しないこと。

岩澤さんが懇意にしている地元農家さんから旬のものが届く

「数年前から自然農の推進活動をしていますが、関わった農家さんはみんな収入一千万円オーバーになりました。収入が上がれば農業の担い手も増えます。ですが、消費者が自分だけの利益を追求して安いだけの野菜を買っていると農家さんがいなくなってしまう。僕たち飲食店ができるサステナブルというのは、作り手のリアルと向き合い、皆が幸せに生活ができるよう適正価格で提供することです。大企業が取り組むには難しいかもしれないですが、僕たちのように小さい規模だからこそ、できることがあります」。

野菜の味わいがダイレクトに伝わるシンプルなピッツァ

また、取引農家さんが店に来ることがあれば、飲食中のお客さんの席へ行かせ、感想を聞いてもらうということもする。
「農家のみなさんは、お客さんと話しているとき本当に良い表情をします。おいしいっていわれて恥ずかしそうに笑っている。その姿を見るのが僕は嬉しくてたまらない。 料理人は仕入れて仕込みして調理して1日使うかもしれないけれど、農家さんは土づくりが8割だから、何年もかかっています。僕たちが扱っているのは農家さんがつくった土の味。だから、この店は料理でも野菜でもなく、生産者さんが主役です」
日々の活力の源泉は人に求め続けられること。それは農家さんも同じことで、消費者の声を農家さんに届けるのも大切だと考えている岩澤さん。農家さんの方も張り合いが出てきて、翌年のアスパラがさらに太くなったりするのだとか。

焼き上がったピッツァ。焦げている部分がまた香ばしくておいしい

お店の看板メニューであるピッツァは種類が豊富でオーダーするものを決めかねる人が多いという。薄い生地とふっくらとした耳が特徴で、芳醇な小麦の香りと甘さを楽しめる。その秘密は構想から5年の歳月がかかったという奇跡の小麦粉。ピッツァ専用に独自開発した安心安全の北海道江別市の小麦粉を使用している。

料理人は数多いるから
経営者として業界の底上げしたい

ピッツァはあくまで一つのツール。自分は料理人より経営者の道を選んだと話す岩澤さん

岩澤さんが力を入れているのは、食材の問題だけではない。フードシステムのサステナブルを考える上で重要とされる3つの軸「調達」「社会」「環境」をすべて意識した取り組みを実施し、着実に成果を出しているのだ。

「FOOD MADE GOODスタンダード」で大賞を受賞

2023年にはサステナブル・レストラン協会(本部:英国)が推し進める、飲食店・ホスピタリティ業界のグローバルスタンダードの評価指標である「FOOD MADE GOODスタンダード」で大賞を受賞。この賞は日本国内の認知度はまだ低いが、海外ではミシュラン以上に注目されているもの。

地域の人たちと積極的に交流し、連携を取っている

高評価の理由として、食の本質に向き合っている点や、地域コミュニティの活性化にも積極的に貢献している点などがあるが、その中でも評価が高かったのが、従業員の働き方、成長のための制度に関する先進的な取り組みである。

従業員の皆さんのこの笑顔!幸せな職場環境であることが窺える和やかな雰囲気

取材していて印象的だったのが、従業員の皆さんがすこぶる元気で明るいことだ。

焼きたての野菜のピザ。近所のおばあちゃんも一人でぺろっと食べられる軽さ

接客の素晴らしさは、口コミサイトのほとんどのレビューで特筆されるほど。このような店は他に類を見ない。
働く人が幸せであること。仕事に誇りを持っていること。従業員の皆さんから溢れ出す熱量は、お客様ファーストの接客では得られない大切なことを教えてくれる。
彼らから満面の笑みで「その野菜、おいしいでしょ。たくさん食べてくださいね!」と声をかけられると、魔法がかかって10倍おいしくなる。
「料理人はたくさんいますが経営ができる料理人は多くありません。だから僕は料理人をやめて経営者になりました。飲食店従業員が『サービスしてもらって当たり前だ』と思われる仕事ではなく、消費者の皆さんにもっと価値を認められるようにポジションを上げていきたい。僕は昼は経営者兼バイトリーダー。でも、夜は我慢できなくてキッチンに入れてもらっています」と岩澤さんは笑った。

生産者も料理人もお客さんも笑顔になる
石神井で食のロールモデルをつくる人たち

近くの支店従業員も皆あつまって記念写真。本当に皆さん仲が良い!

おすすめの料理を問われたことに対し、言葉を選んでいた深津さんの真意が少しわかったような気がする。日本のフード業界をあるべき姿へ戻そうする岩澤さんの活動は、厨房の中だけでの取り組みではないのだから。
深津さんにとって100年続いてほしい理由。それは、このお店をロールモデルにする経営者が増えて欲しいと本気で願うから。
農家さんと従業員の笑顔、料理を食べる人の笑顔のために奮闘する岩澤さんと、地域の仕掛けをつくる深津さんらの取り組みに石神井の人たちも期待を膨らませているのではないだろうか。

取材終了後、元気な声で労ってくれた厨房の皆さんが食事を分けてくれた。通常は捨てられてしまう小さな魚のフリット。
命のありがたみを感じられる一皿。その愛おしさたるや。

店舗情報
PIZZERIA GTALIA DA FILIPPO
(ピッツェリア・ジターリア・ダ・フィリッポ)

住所:東京都練馬区石神井町2丁目13-5
電話:03-5923-9783
営業時間:11:30~14:30(L.O 14:00)/ 17:30~23:00(L.O 22:00)
定休日:水曜日・木曜日
WEBサイト:https://filippo.jp/
Instagram:instagram.com/gtaliadafilippo/

岩澤正和さん

「PIZZERIA GTALIA DA FILIPPO」オーナー。18歳より本格的に料理の修行をし、フランス・イタリアに渡航。ナポリピッツァに目覚める。33歳で独立し、石神井にピッツェリア「PIZZERIA GTALIA DA FILIPPO」をオープン。現在7店舗を経営ながら、持続可能な社会に向けて日本の飲食業界のボトムアップに尽力する。

ライタープロフィール
伊藤 璃帆子
コラムニスト・写真家として活動するマルチコンテンツプランナー。ケータリング店「SESSION」を運営。