町田佳路さん
Machida Keiji
大森山王ブルワリー代表・プロデューサー
大森山王ブルワリー代表・プロデューサー。ビールの販売のみならず、大森エリアの地域イベントやコミュニティの企画・運営などを行っている。
今回お店を紹介してくれるのは、クラフトビールの販売や、事業やイベントを通じて拠点とする大森エリアの魅力を発信している大森山王ブルワリー代表の町田さん。町田さんが紹介してくれた行きつけは、昔ながらのとんかつ専門店「五郎のとんかつ」さん。大森の街をよく知る町田さんが、この店を残したいと思う理由を教えてもらった。
つい話をしに来たくなる
近所の馴染みの店

「もう10年ぐらいのお付き合いになりますね」。そう語る町田さんが「五郎のとんかつ」の店主である竹内さんに出会ったきっかけは大森での地域活動。商店街の関係者の中では年齢が近く、お互いスポーツ好きということもあって親しくなり、町田さんは店に通うようになった。

店内には、カウンター席が数席と背後にテーブル席3卓、さらに奥にも4卓のテーブル席があり、壁にはサインやお客さんや竹内さんが写った写真などが所狭しと貼られている。一人で来ることが多いという町田さん。よく座るのは、目の前で店主がとんかつを揚げる様子が見えるカウンター席。店主とも顔を合わせて話がしやすい席なので、町田さんだけではなく、常連をはじめとするお客さんと店主のコミュニケーションがよく生まれているという。

サインや店主の写真、お客さんからのいただきもので溢れている店内。店には地元の大学の学生や竹内さんの母校の知り合いなど、地元の人が多く訪れる。

初代から受け継いだカメの剥製。竹内さん曰く、「長年店とともに生きてきた戦友」とのこと。

「月に1回は来ていますね。行くのはだいたいランチ時です。もちろん食事がおいしいというのもありますが、店を訪れる理由はそれだけじゃない。地域活動のことで相談したり、近況報告をしたり、話をするという所は大きいのかなと思います」

話をしに行きたくなる竹内さんのことを町田さんはこう紹介してくれた。「体格も良くて、声も大きくて、地域の活動にも積極的な気のいいあんちゃん」。

シンプルさの中に光る
こだわりの一工夫

そんな町田さんにとってのアニキ的存在が営む店は、約60年の歴史を持つ老舗。どことなく懐かしさを感じる店で町田さんがよく食べるのは、メンチカツと生姜焼き。

「とんかつ屋さんなんですけど、なぜかメンチカツと生姜焼きが食べたくなるんですよね。メンチカツも生姜焼きもすごい凝っているわけではないけれど、家庭的で昔から親しんできたような味わいがあるんです」

町田さんがよく頼むというメンチカツ。肉の旨味をしっかり感じる、ボリュームのある一品。

こちらも町田さんのお気に入りメニュー「生姜焼き」。しっかり味がきいていて、白飯によく合う。

町田さんが語る通り、「メンチカツの素材は豚と牛の合いびき肉に玉ねぎ、卵とごくシンプル。生姜焼きも同じで、特別なものを入れているわけではない」という竹内さん。でも、使うパン粉は都内唯一のパン粉製造工場である「中屋パン粉」一筋。また、ジューシー感を出すためにマヨネーズを入れたり、揚げ油についてもサラダ油とラードは基本7対3だが、夏場はサラダ油を少し多めにして食べやすくし、冬場はラードを多くして冷めにくくするなど、よりおいしいものを提供するためのもう一工夫を忘れない。

そんな店の人気メニューは、「霧島豚のロースかつ」。「最近のロースは赤みが多くて脂身が少ない」とこぼすお客さんからの声を拾い、脂のしっかりのった霧島ロースを使用。評判は上々で今では店のおすすめメニューとなっている。店には他にも単品や定食の揚げ物、おつまみなど30種類以上のメニューがあるが、代々レシピを受け継いでいるわけではないという。店主の竹内さんはわざわざ外へ出て、某有名とんかつ専門店で修行を積んだやや異色の経歴を持つ人。技術を修得後、五郎を継いだのは2002年。

揚げ方だけでなく、ソースにもこだわりが。とんかつにかけるソースは、とんかつソースにウスターソースを約5分の1ブレンドし、甘みの中に少し辛みをきかせている。

「五郎だけでおさまっていると、そのまま成長しない気がしてね。最初から外へ出て、いろんな人と会っていろんな話を聞いて技術を覚えた方がいいと思ったんです。それに、同じ材料を使っても、人が変われば味は絶対に変わりますから」

「一生懸命やらないで結果だけ出すのが一番かっこいいよ」というスタンスの竹内さん。一見シンプルに見える料理にも、そのスタンスはしっかり垣間見れる。

街のアニキがいる
第三の居場所

冒頭で紹介した通り、竹内さんと客である町田さんは大森エリアを盛り上げる地域活動をともにする仲間でもある。活動的な点が共通している2人。竹内さんは他にも、好きが高じて17年前からラグビーを始めるなど、好奇心の赴くままに動き続けている。店を20年以上続ける中で定休日以外で店を休みにしたのは、ラグビーの試合でケガをした時だけ。「とんかつ屋に来るのは元気な人が多い。そういう人を後押ししなきゃいけないんだから、作る人が具合悪そうじゃいけないよね」と笑う。それに、喋ることも大好きだ。いろんな人が来て、その人達に飲んだり、食べたりしてもらいながら一緒に話をする。それが店をやっていて良かったと思う瞬間だという。

人とつながる楽しさ。それは町田さんも共感し、自身の活動の軸に据えているものだ。コロナ禍以降、人が主体的に動ける場所をと地域の人と一緒に楽しいことを創り出すコミュニティを運営している。

「僕も経験があるのですが、自分の住む街の中に人と人の関係ができてくると楽しくなりますよね。家と会社の往復だけじゃなく、また別の居場所ができるというか。真面目なことが多くて息詰まりそうになるけれど、ちょっと肩の力を抜いて楽ができる。そんな世の中になればいいなと思うんです」

町田さんにとって、「五郎のとんかつ」という店もそんな第三の居場所の一つになっているのかもしれない。店では知り合いと居合わせることも多く、地域の人が集まるコミュニティのような場所にもなっているという。

町田さんと同じく、地域活動にも力を注いでいる竹内さん。店を続ける背後にある想いを探ると、飲食店であること以外で店に人が集まる理由が見えてきた。

「悩んでいる時にうちに来たら、『こんなくだらないこと言っているヤツがいるのか。真面目に悩んでいるのが馬鹿らしくなってきた』と思って、悩みを忘れてもらえるような場所になれたらと思っています。つまらないことだって、私はいくらでも話しますから(笑)。なんだったらとんかつを食べなくたって、飲みに来るだけでもいい。敷居は高くない店でいたいんですよ」

店名の「五郎」は、中庸という言葉が好きだった先々代の、「良くも悪くも真ん中が一番いい」という想いからつけられたのだという。人生いい時もあれば、悪い時だってある。どんな時もここに来ればいつだって、街のアニキが元気に迎えてくれる。

店舗情報
五郎のとんかつ

住所:東京都大田区大森北1-4-3
電話:03-3761-6963
営業時間:11:30~14:00/17:30~23:00
定休日:日曜 祝日

竹内巌(たけうちいわお)さん

某有名とんかつ店で修業を積み、2002年に母親から「五郎のとんかつ」を継ぎ、三代目店主に。地元のイベント事業などにも参加し、地元活性化のために精力的に活動中。

ライタープロフィール
河田 早織
ライター、編集ディレクター。広告業界を中心に、言葉のある場所すべてが活動の場。実は映像制作にも興味がある。趣味は茶道。