大家さんから勧められた
渋谷の隠れ家割烹
カウンター8席の小さな店
岡野さんが「やまぼうし」に通い始めたきっかけは、自身が事務所を借りているビルのオーナーからの紹介だった。「娘婿が割烹料理店をオープンしたので、行ってみてください。身内贔屓なしで、おすすめです」という大家さん。
後日、教えてもらったお店に予約を入れ、クライアントを連れて渋谷へ。思いの外、駅から距離があることに少々戸惑いながらも、ようやく看板を見つけて扉を開いた。
調理場を囲む小さなカウンターに常連とおぼしき方たちがずらり。品の良い佇まいと先客の和やかな宴の様子に、一目して“良い店”の予感がした。
エントランスにはやまぼうしの花の暖簾
こちらで腕を振るうのは、本場京都で京懐石の修行を積みながら茶道、花道を学び、東京の老舗料亭「紀尾井町福田家」を経て、さらにイタリアンやフレンチも学んだという小池正浩さん。2021年のオープンから、本格的な割烹料理が気軽に楽しめる隠れ家割烹料理店として、多くの人を虜にしてきた人気店だ。
清潔感あふれる空間と客層の良さ。確かな料理の腕と気の利いたお酒のセレクト。クライアントも大層喜んでくれたという。
お店を紹介してくれた岡野さん
以降、主にクライアントやお仕事仲間との会食、たまにプライベートで通うようになった岡野さんは、この店を「気を使わないサードプレイス」という。
割烹と聞くと格式張ったイメージを持つ人もいるかもしれないが、岡野さんからは「誰を連れてきても楽しめるお店で、とくに若い方に喜ばれます」と意外な答えが返ってきた。
コースはひとつだけ
旬の味を少しずつ、多品目で“飲ませる”
彩り豊かでボリュームもある、旬の前菜盛り合わせ
「割烹」と聞くと、高級な日本料理店のイメージを持つ方がいるかもしれないが、日本料理の業態の中では比較的カジュアルだ。お座敷で複数名が利用するのが料亭なら、一人でも利用でき、料理人とも話しやすいのが割烹の醍醐味である。
一品一品がおいしいのはもちろん、器などにもこだわりがある
ただし、こちらは店主の小池さん一人で切り盛りしているお店で、ワンオペのため、忙しそうなときは静かに待つこと。そんな気遣いができるお客さんが多いことも、お店の良い空気感に繋がっている。
とはいえ、コースで出される品数はとても多く、一人であっても手持ち無沙汰になることはない。前菜だけでもお酒がだいぶ進んでしまうボリュームだ。さっぱりとしたお刺身や和え物、まったりと濃厚な豆腐、さっくりとした揚げ物。一皿の中に程よいコントラストがあり、とても満足感が高い。
この日、出されたトマトは驚くほど甘く、上品な香りの出汁のジュレが夏を感じさせた。食べ進めると下の方には濃厚な胡麻のクリームが。小鉢一品の中にもこだわりが窺える。
新じゃがと玉ねぎの擦り流し(左)と鰻と深谷ネギの玉〆(右)
器にも店主のこだわりが。日本酒のおちょこを選ぶのも楽しい
割烹料理は、旬の味覚や希少な食材を少しずつ多品目いただけるのが魅力のひとつ。コースは一つだけだが、料理に合わせた形で提供されるお酒にもこだわっているとのことで、小池さんの太っ腹な飲ませぶりにメロメロになってしまうお客さんも多いのだとか。
ワンオペで出されているとは思えないほど手の込んだ料理の数々。小池さんの手際の良さに、感嘆の声を上げる人もいる。
カウンター越しに見える小池さんの所作に目を奪われる
小池さんがとくにこだわっているのは「水」。伊豆半島にある観音温泉水という超軟水で出汁を引いており、鰹と昆布の味を一層引き立てている。二番出汁まで取る店もあるが、小池さんは一番出汁のみで勝負。その日に引いた出汁はその日のうちに使い切るのだそう。
エグゼクティブから友人まで
いつでも誰とでも楽しめる
落ち着いたカウンターでいただく旬の味覚
岡野さんは週に2日を会食の日と決めて積極的にクライアントや仕事仲間と食事に出かける。打ち合わせをしたあとの一席は、仕事を円滑に運ぶための重要な時間なのだ。
一品一品、繊細な技術と旬を堪能できる構成
ビジネスシーンで使うお店に求められる条件は何か。味の良さは大前提で、なおかつ飽きが来ないこと。カジュアルではいけないが、格式が高過ぎるのも場合によっては良くない。都心がベストだがメイン通りは避けたい。適度な距離感で会話ができる空間。自分が席を外しても間が持つこと———挙げればキリがないが、そういった要素を満たすのが、この隠れ家割烹なのだ。
普段は忙しく店を切り盛りする小池さんだが、話すと気さくで優しいお人柄
岡野さんは仕事以外にプライベートで訪れることも少なくない。証券会社時代の先輩方を連れて、その中の一人の結婚祝いをしたこともあった。グルメな先輩たちを招待するという、なかなかハードルが高い行事だったそうだが、全員に大変喜ばれた。
一流の日本料理がこの立地、カウンターでカジュアルに食べられる店があるということは意外性もあって重宝されるのだという。
若い人にもおすすめしたい
隠れ家割烹料理店
知る人ぞ知る、隠れ家割烹料理店。そう聞くと、価格もそれなりと思いきや「やまぼうし」は一人でも行きたくなるほどお手ごろだ。
「渋谷、恵比寿で会食といったら、イタリアンやフレンチが定番で、和食に行く機会は少ないでしょう。でも、この店に若い人を連れてくると、こんなお店は初めてだと喜んでくれます。若い人の割烹デビューにも良いですよね———って、こんなこと言っても大丈夫?」と聞く岡野さんに小池さんは穏やかな笑顔で頷く。
「日本料理というと、格式高いイメージになりますが、若い人にも気兼ねなく食べにきてほしいと思っているので割烹にしたのです。ワンオペなのでお待たせしてしまうこともありますが、皆さんが楽しめるように工夫を重ねております」と小池さん。
今の時代、職場の先輩から良い店を教えてもらうなんてことは稀かもしれない。そうなると、若い人が料亭や割烹料理の店を覚えるのはいつになるのだろうか。
学生から社会人になり、バリバリ働いて、ご褒美は焼肉。そんな脂ののった時期を過ぎて「そろそろ、少し良いものをゆっくり食べてみようかな」と、考える瞬間が来たら、割烹デビューのタイミング。もちろん、コッテリ系に胃袋が疲れているベテランの大人にもおすすめだ。
それぞれの分野を独自路線で極めるお二人
住所:東京都渋谷区渋谷3丁目14-3 Nビル 2F
電話:03-5962-7562
営業時間:昼11:30 - 15:00 夜18:00 - 23:00
定休日:日曜
WEBサイト:https://yamaboushi.tokyo/
Instagram:instagram.com/shibuyawashokuyamaboushi/
山梨県出身。服部栄養専門学校卒業後、京都にて京懐石を約6年間学び、料理と共に茶道や華道、陶芸など、様々な伝統文化にも触れ研鑽を積む。東京「紀尾井町福田家」にて修業後、和食以外の料理も吸収すべくフレンチやイタリアンでも勤務。2021年、渋谷並木橋の地で和食割烹「やまぼうし」を開業。