太田貴之さん
Oota Takayuki
株式会社エー・アール・シー代表取締役
株式会社エー・アール・シー代表取締役。サーバー構築やソフトウェア開発などのほか、DXの技術や知識を活かし国内外の教育事業にも携わっている。ひろせの代表・広瀬さんとは高校の同窓生。
太田貴之さんは、品川区の大井町で、サーバー構築・インフラ整備・ソフトウェア開発などの会社を長年経営している。そんな太田さんが推薦する「割烹 とんかつ ひろせ」は、太田さんいわく「この街に必要なお店なんです」と話す。創業から100年を越え、大井町の人々の暮らしの節目に寄り添ってきたひろせは、地域を愛し、地域から愛されるお店だった。

大井町に「ひろせがある」という安心感

一昔前は、だいたいどこの街にもひとつくらい、大人数で宴会ができる割烹(もしくは寿司屋)があった。入学祝いや還暦祝い、法事などの家庭の慶弔ごと。学校の同窓会や、青年会の会合など地域の集まりごと。さまざま人々の大切な時間に、そういうお店は役立ってきた。

しかし、時代の流れや、デリバリーもふくめた食の多様化にともなって、いわゆる「街の割烹」はずいぶんと姿を消してしまった。「そういえばこどもの頃にあったあの割烹、いつのまにか閉店しちゃったな」という体験は、大人になれば1度くらいはあるだろう。

「でも、大井町にはひろせがある。僕も含め、これは大井町の人たちにとってものすごい財産です。何か大切な行事があるたびに、ひろせが受け入れてくれるんです」と太田さんは話す。

入口を入ると、ショーケースに新鮮な魚介類が並ぶ割烹らしいカウンターと横にはテーブル席。そして2階へ上がると、最大で48人が入る座敷が広がっている。

下町情緒の残る大井町は、昔ながらの商店街なども存続している一方、駅周辺などは再開発で大型商業施設の建設が進んだことで「ちょっとかしこまっていく店」がずいぶん減ってしまったのだという。かつ、大人数での食事ができる場所となればなおさらだと太田さん。

「僕は生まれも育ちも経営している会社も大井町なので、以前からひろせは知っていました。商工会の集まりや、取引先の方との食事にも、いろんな場面で使わせてもらってきましたね」。

鮮度やおいしさは当たり前、
地域のニーズを拾い上げた味がある

ランチはとんかつをメインにエビフライやうなぎなどをいただける定食メインの営業をしているひろせ。割烹のクオリティでつくられるとんかつを気軽に味わえるとあって、人気を集めているそう。もちろん、夜も一品料理として注文することができる。

「夜のメニューでは、割烹のメニューと肩を並べてとんかつがあるスタイル。お客さまからは『割烹とんかつ』って何?って疑問に思われるんですけど、いい意味で期待を裏切られたとおっしゃっていただけることが多いです」と広瀬さん。

ガッツリとした揚げ物は、腹ペコの大人たちはもちろんこどもにも人気だそう。「法事などの集まりに参加した小さなこどもたちにとっては、お刺身や煮物ではどうしても味気ないですからね」。

ヒレとロースを選ぶことができる、さっくりと揚がったとんかつ。添えられた山盛りの千切りキャベツ、スパゲティサラダも滋味深い

「うちは割烹なので、鮮度や旬を大切にするのは当たり前です」と広瀬さん。
「そのうえで、地域に根ざしたお店として、お客さまに応じた献立をお出しできるようにしています。自分たちができることで、みなさんに喜んでもらえることを常に考えるのが、 我々みたいな個人店の柔軟性なのかなと」と話す広瀬さんのお話に、「前、わがまま言って生姜焼きつくってくれたことがあったよね」と太田さんが笑った。

地域でやってきたからこそ、
苦しい時に地域が助けてくれた

太田さんと広瀬さんは、じつは高校の先輩後輩にあたる。もともとそうとは知らずにお店を利用していたそうだが、母校の甲子園出場記念のペナントが入口に飾られていたのをきっかけに、同窓だと知ったという。

「やっぱり後輩のお店なら、より愛着が湧きますよね。同じ地域で生まれ育って、お互いに家業を継いでいる同士だし。まあ、広瀬くんのところのほうが事業としてはだいぶ先輩なんですけど(笑)」と太田さん。

広瀬さんがお店の歴史を教えてくれた。「割烹 とんかつ ひろせ」は大正元年に甘味処として創業したんです。そのあと戦争で焼け出された祖父が、銀座にあるカネボウさんの社員食堂で働いて資金や経験を貯めて、甘味処から割烹へスライド。大井町の駅前のほうで飲食をはじめたようです」。

太田さん「そうだったんだ……」。ここで発覚する新事実!

そして、ひろせの4代目としてホテルや他店での修行を終え、家業を継いだのが2020年。その矢先にコロナ禍が発生した。

「受ける電話は全て予約のキャンセル。数ヶ月先までの予約が全てなくなって、僕の代で店を潰してしまうかもって、本当に怖かった」と広瀬さん。「そんな時、太田さんが『うちも予約をキャンセルせざるを得ないんだけど、なにかできることはないか』って声をかけてくださったんです」。

そして太田さんをはじめとする同窓の先輩たちが、アイデアやお金を出し合って、ひろせのチラシをつくってくれたのだという。

「地域に根ざした店だから、あえてアナログに地域の人に向けた広告の方がいいだろうって。チラシで打ち出したのは、和洋のメニューをどちらも楽しめるテイクアウト専用のファミリーパック。うちが道路に面したお店だからできたんですが、メニューと来店時間を事前におうかがいしておいて、お店の軒先で品物をお渡しする『ドライブスルー』をはじめたんです」。

お店に入店せずに割烹の食事を持ち帰ることができるとあって、これが大ヒット。大井町近隣の多く地域の人が、ひろせのドライブスルーを利用してくれたと広瀬さん。

「地域のためのお店でありたいとずっと思ってやってきましたが、うちがピンチの際には地域の人々が真っ先に手を差し伸べてくれました。本当に感謝しています。これからも、地域の人々のいろんな節目に少しでも寄り添って、記憶に残るお店としていることが、あの時の恩返しにもなると思っています」。

これからも街の人々とともに

昔から地域にあって、地域の人々の節目に寄り添ってきたようなお店がどんどん少なくなっていくなか、ひろせがあるということ。

ひろせのことを話す太田さんも、太田さんをはじめ地域の人々について話す広瀬さんも、互いの思いやりが、言葉の端々から溢れ出だしていたのが忘れられない。

「割烹 とんかつ ひろせ」は、これからも街に愛され、街を愛していくのだろう。そんな「街の割烹」がこれからもありつづけるということ、大井町に住まう人たちが少し羨ましくなった。

店舗情報
割烹 とんかつ ひろせ

住所:東京都品川区大井4丁目1-2
電話:03-3771-7466
営業時間:11:30~13:30、17:00~22:00
定休日:毎週日曜

広瀬慶人さん

大正元年創業の4代目として「割烹 とんかつ ひろせ」の代表取締役をつとめる。地域に根ざした割烹として、老舗の暖簾を守り続けるのはもちろん、修行時代の経験やコロナ禍での苦労も活かし、お客さんに合わせたメニューづくりやランチ営業、テイクアウトなども勢力的におこなっている。

ライタープロフィール
ヒラヤマ ヤスコ
ライター、編集者、料理人。ローカルコンテンツや飲食のテーマにした制作を得意とし、webメディアや雑誌の執筆、レシピ提案などをおこなっている。毎週末、鎌倉の酒場「山山ふもと」に立つ。逗子と京都の二拠点生活。