佐野隼一郎さん
Sano Jyunichiro
サノズデザイン代表・くろねこドーナツオーナー
サノズデザイン代表。住宅や店舗のデザインを手がけるとともに、専門店「くろねこドーナツ」のオーナーもつとめる。事務所・店舗ともに経堂にある、レペゼン経堂のひとり。
住宅や店舗のデザインを手がける佐野隼一郎さんは、デザイナーであるとともに、経堂でドーナツ店「くろねこドーナツ」を営んでいる。彼が教えてくれた「ニューハナイ」は、SNSで絶大な指示を得、経堂のみならずいまや全国にファンを抱える人気店だ。しかし佐野さんは「ニューハナイの魅力は、どれだけ人気店になっても店主が変わらず、いつまでも『近所の友人の店』でいてくれることなんです」と話す。

四季折々のパスタ&タパスが楽しめる
経堂の大人気バル

ニューハナイと聞いて、「あ、なんかタイムラインで見たことある」という都心部在住者は少なくないはずだ。小田急電鉄の経堂駅から徒歩5分、気さくなバルとして、ニューハナイは経堂エリアの予約困難店となっている。

店内はカウンター6席と、4人がけのテーブルが3つ

お店のメニューはイタリア料理のパスタと、スペイン料理のタパスが主体。ふたつの国の料理が混ざり合っているのは、店主の海老沢さんがそれぞれのお店で研鑽を積んでいたから。

移転にともなって、店名も「ニューハナイ」に変更。パスタのメニューもぐんと増えたのだとか

ペペロンチーノやカルボナーラ、スペイン風オムレツなどの定番メニューに加えて、四季折々の食材を組み合わせた日替わりメニューが並ぶ。ブルーチーズとマスカットのパスタや、マグロの幼魚にすだち果汁を合わせたタパスなど、自由かつひねりの効いたラインナップからは、海老沢さんのセンスが感じられる。

食いしん坊のお腹をくすぐるようなメニューはSNSでも話題を呼び、ニューハナイのInstagramフォロワーは2024年5月時点でなんと7万弱。 SNSを宣伝に活用する飲食店はごまんとあるが、このフォロワー数は驚異的な数字といえる。

「海老沢さんは以前、この近くで『HANAI』という名前で小さな酒場をやっていたんです。僕はその時代からよく通っていました。前のお店はカウンターだけで、街の人間が夜な夜な集まるようなお店でした。よく飲みに行ってそのまま海老沢さんと閉店後に別の店で飲んだりね」と佐野さん。

「ただ、いまの場所に移転してすぐにコロナ禍がはじまって。苦労もたくさんあったと思うんですけど、Instagramで写真を毎日アップしはじめて、あっというまに予約の取れないお店になっちゃった。飲み屋の時代は毎日のように行ってたんですけど、営業形態が変わったいまは月に1回くらいかな」。

シンプルなのに真似できないメニューたち

「僕が注文するのは定番メニューが多いですね。ブルーチーズのペンネと、ポテトフライ。あとはアヒージョとパンとか。ワインはいつも海老沢さんのおまかせで選んでもらってます」。

パンは海老沢さんによる自家製だ。「コロナ中、暇になっちゃったからパンでもつくってテイクアウトメニューにすれば?って話してたんですよね。実際につくってみたら好評になって、いまも自家製なんだよね」という佐野さんに対して、「『自家製パン』って言葉の響きがいいじゃないですか」と海老沢さんが笑う。

「そうそう、いつもこの人こんな感じなんだよ」と佐野さん。

「なんか言葉の響きがいいよね〜とか、そういうノリではじめて、毎回ちゃんとおいしいのをつくってる。このブルーチーズのペンネなんかも、『どこのチーズ使ってんの?』って聞いても、そのへんで売ってるやつですよってサラッと言うんですよ」。

聞けば、過去には手打ちにしていたこともあったそうだが、安定した品質などを考えてパスタは乾麺を使用。食材もとくに産地や育成法にこだわりがあるわけではなく、近所のスーパーなども頻繁に仕入れに使っているそう。

「魚屋は懇意にしてるところがあるんですけど、朝早く行くと、割烹とか寿司屋とか気合いの入った方がいっぱいいる。僕は昼過ぎに行って、お買い得になってるのないかな〜って探しに行きます(笑)。高級店じゃないので肩肘はらずに食べてほしいですし、ものすごい食材は使わなくてもいいかな〜って思ってますね」と海老沢さん。

佐野さん「食えない人なんですよ!」海老沢さん「そんなことないですって〜!」

「実際、シンプルなメニューでも再現できない味なんです。こだわりはないとか言って、それを隠して裏ではすごいこだわってるのかもしれない」と、佐野さんが胡乱な目つきでペンネを食べた。

大人気店になっても
「友達がやってる近所の飲み屋」

「予約困難な店ってもっと『ちゃんとしてる』じゃないですか。内装もお金かけてスタイリッシュにしたり、設備も整えたり。サービスに厳格なマニュアルがあったりと、フォロワー数に見合ったブランド戦略を立てる。でもニューハナイは違う」と談笑の合間で佐野さんはそう話す。

「海老沢さんのスタンスが、スナックの居抜きではじめたHANAIの頃と全然変わらない。移転したここもほぼ居抜きだし、食材もこわだりはないって言うし。なんでハナイって言うか知ってます? 海老沢さん、前歯が差し歯だからなんですよ。フォロワー7万人のお店の由来が『歯がない』って、そんな店他にないでしょ!」。

厨房に大きなオーブンを入れたくらいでほぼ居抜きという店内は、なんだか落ち着く雑然さ。近隣のお店や友人たちのステッカー、フライヤーなどが無造作に貼られている。

「同じ経堂で店をやってる者どうし、酒飲みながらくだらない話して、たまに飲みに行って。人気店になっても、月に1回くらいしか行けなくなっても、僕にとってはいつまでも『友達がやってる近所の飲み屋』なんです。まあ、向こうがどう思ってるかわかんないですけど……(笑)」と佐野さん。

海老沢さん「いやいやいや!なんでそんなこと言うんですか(笑)」。

人気が出て、営業スタイルや経営方針などが変わっていくのは飲食店の常ともいえるなか、「どこにでもある店って感じでいたいですね」と海老沢さん。「ほらそうやって、本音は教えてくれない」「いやいや、マジですマジです」とカウンター越しに笑うふたりの姿が印象的だった。

どれだけ名が広がっても、街場のバルとしての気軽さを失わない酒場があるというのは、経堂の飲んべえたちにとって大きな価値なのだろう。

店舗情報
ニューハナイ

住所:東京都世田谷区経堂1丁目6−10 木原ビル 2F
電話:080-9713-4157
営業時間:16:00~食材なくなり次第終了
定休日:毎週火曜、その他不定休あり

海老沢健太郎(えびさわけんたろう)さん

カウンター席のみの酒場「HANAI」を2016年にオープンのち、2020年に「ニューハナイ」と改名し移転。SNSでの人気をきっかけにリピーターを増やし、2024年春にはレシピ本『ニューハナイのパスタとタパス おいしさの法則』を出版するなどその名を響かせている。

ライタープロフィール
ヒラヤマ ヤスコ
ライター、編集者、料理人。ローカルコンテンツや飲食のテーマにした制作を得意とし、webメディアや雑誌の執筆、レシピ提案などをおこなっている。毎週末、鎌倉の酒場「山山ふもと」に立つ。逗子と京都の二拠点生活。