忘れられない原点
普通じゃないカレー
「上京して初めて食べた時に『なんじゃこりゃ!』『普通じゃない!』と衝撃を受けました」 それが竹中さんとデリーとの出会いだという。
「毎日カレーを食べようと思い立った時にも忘れられなかったんです」 そう話す竹中さんの脳裏に焼きついて離れなかったのが、デリーの人気メニュー「カシミールカレー」だ。
しゃばしゃばした質感と黒い色が独特だが、最大の特長はその辛さにある。
「最初はびっくりするレベルの辛さ。でも、単なる激辛カレーではなくて、辛いからこその おいしさがちゃんとあるのがすごいんです」
カシミールカレーに魅了された竹中さんは、行きつけになった理由についてこう語る。
「原点に戻ってくる感じです。繰り返し食べに行くことで、辛くておいしいカレーの基準を定期的に確かめ、これがいいんだ!と体に教え込んでいます」
「デリーは他のカレーも非常においしいですけど、やっぱりカシミールカレーを食べることが多くなっちゃいます」と竹中さん。
竹中さんいわく「カシミールカレーは歴史的にも重要」とのこと。日本の家庭や洋食店で食べられる一般的なカレーは、インドを植民地にしていたイギリス経由で日本に入ってきたもの。一方で、デリーのカレーは日本人がインド料理をもとに作り上げた、インド料理ルーツでありながらインド人が知らないオリジナルカレーだ。
「最近はインド人シェフによるインド料理店も増えてきていますが、カレーの歴史や違いを知った方が面白い!そのためにもデリーの存在は非常に重要!これからカレーを好きになる人にも、カレーマニアやインド料理好きな人にもおすすめできるお店です」と語ってくれた。
毎日食べても飽きない
ミステリアスな味わい
左から竹中さん、源さん、源吾さん。通販限定商品製造とレストラン営業を両立する「アトリエデリー」店内での鼎談。
竹中さんを惹きつけるカシミールカレーはどのようにして生まれたのか。その経緯をデリー三代目の田中源吾さん(以下、源吾さん)と、源吾さんのご子息であり四代目候補の田中源さん(以下、源さん)が教えてくれた。
創業者は「毎日食べても飽きないカレー」を作ろうとしていたという。
「食べた瞬間においしいと感じるカレーではなく、最初は『何だこれ?』と思っても、気づくと『また食べたいな』と思ってしまう。そんなカレーを作る!そのためには引き算だ」と考え、源吾さんにもそう語っていた。
創業当時のカシミールカレーは、現在よりも材料が多く、とろみのある質感だったが、そこから余分な材料を削ぎ落とす「引き算」の試行錯誤を経て、しゃばしゃばした質感になったという。また、個性的な辛さは、スパイスに秘密がある。中でも特に唐辛子が重要で、辛さを引き立たせながらも唐辛子の香りは出すぎないように工夫されている。その工夫によって、唐辛子の香りをあまり立たせずに、しっかり辛口、という、他のカレーにはないミステリアスな味わいが表現されているのだ。
唐辛子は、同じ分量でも産地や収穫時期によって辛さや風味が違うため、厳選して調整する必要があるそうだ。
こうして生まれたカシミールカレーは、お客さんのみならず、作り手をもじわじわと魅了するらしい。「辛過ぎる」と言っていたお客さんも、まかないで他のカレーを食べたがっていた従業員も、いつの間にかカシミールカレーばかり食べるようになるそうだ。
味わいも、繰り返し食べたくなってしまう現象もミステリアスなカシミールカレー。
究極のマンネリズム
その奥にある変わらぬ思い
竹中さんからデリーのお二人に、こんな質問が飛んだ。
「カシミールカレーは完成されているとは思いますが、さらなる引き算を考えていたりするんですか?」
実は、創業者からは、レシピについて一定の範囲内での変更を許されており、歴代料理長にも通達されているという。しかし、誰も変えることはないそうだ。
「68年続いているので、自分たちがデリーに入る前から来てくれているお客さんもいます。そのお客さんに『味が落ちた』『昔の方がおいしかった』と言われたらアウト。そのプレッシャーはすごくあります。だから、変えられません」と源吾さんも源さんも口を揃える。
さらに「お米を選ぶ時はカシミールカレーを食べて決めます」と、興味深い話をしてくれた。お米と一緒に食べて、カシミールカレーが辛すぎると感じたらお米の甘さが足りない。逆に、カシミールカレーが辛くないと感じたらお米が甘すぎる。そう判断するらしい。
カシミールカレーはご飯と合わさることで完成する。それを心得ている竹中さんは「しゃばしゃばのカレーが米をじっとりと侵食していく姿を楽しんでいます」と、目でも味わっている。
「もっと甘くておいしいお米があると業者に言われることがあるものの、カシミールカレーを基準に決めて今のお米になっているので、変えられません。昔から『デリーはお米がおいしい』と言うお客さんもいますから、それを守っていかないと」
変えない理由を語る言葉の端々から、お客さんを裏切るわけにはいかない、という姿勢が感じられる。
卓上の玉ねぎアチャール。漬け物好きだった創業者夫人がレシピを完成させたそうだ。好きなお客さんは尋常じゃない量を食べるらしい。竹中さんも「たくさん食べるので、席に着いたら量が十分にあるかチェックします」という。
変えないのはレシピだけではないようだ。
「自分たちが変わらず続けてきたことは、淡々とカレーを提供することであり、『究極のマンネリズム』です」と、源吾さんから名言が飛び出した。
カレーを提供する姿勢はずっと変わらない一方で、変わりゆく時代の流れに応じて、カレーを食べに訪れるお客さんは多様化しているという。特別なコミュニケーションを取るでもなく、淡々とカレーを提供しつつも、「デリーで食べたい」と思って来てくれるお客さんの様々なシーンや心情を受け止められるお店でありたい。
昔からの常連さんも、新しく訪れるお客さんも、裏切るわけにはいかない。そのためにも、売り切れを出さない努力をしているそうだ。
「わざわざ遠くから来てくれるお客さんもいるのに『売り切れました。ありません』じゃ申し訳ないでしょう」と語る源吾さん。
変わらないレシピ、変わらない姿勢、「究極のマンネリズム」で提供されるカレーだからこそ、時代が変わってもずっと愛されているのかもしれない。
守りながらも挑戦する姿勢
竹中さんが敬愛するのは、デリーの料理だけではない。売り切れを出さない姿勢についても「売り切れを人気の証拠とする風潮もあるかもしれないけど、やっぱりお客さんを裏切ることにもなります。それをしないデリーさんはかっこいい」と語る。
加えて「老舗となると、定番メニューを守るだけになりかねないけど、デリーさんには新しいことにも挑戦する姿勢もあります。その両軸とも動いているのは本当に素晴らしい」と大絶賛。
デリー上野店では基本メニューが提供され続けているが、銀座店では月ごとに替わるメニューもあり、アトリエデリーでは定期的に特別メニューが提供されるなど、次々と新しいカレーやインド料理が生み出されてもいるのだ。
今の熱心さからすると意外なことに「最初はカレーに興味が無かった」「カシミールカレーも最初は得意ではなかった」と語る正直者の源さん。創業者夫人(源さんの祖母)から「将来はデリーに入る」と刷り込みのように言われて育ったそうだ。
「カシミールカレーは、自分が生まれる前からあって、それを作り出して改良を重ねてきた先人がいたからこそ僕らが生活できている。その軸があるおかげで、新しいことに挑戦しやすいんです」と源さんが話してくれた。
源さんは、デリーに入り、インドでの修行を経て、帰国後に「たまに食べるならこんなカレー」というシリーズの通信販売に従事している。さらに、父親でもある源吾さんが、いつもカレーやインド料理のことを考えている人らしく、その影響を受けないはずがない。
「最初は大変だったんですけど、気づけば、取り憑かれたように四六時中カレーやインド料理のことを考えたり調べたりするようになっちゃいました」
そう話す様子からはお店の歴史や料理への敬意が伝わってくる。
創業者がカシミールカレーを生み出したように、新しいことに挑戦する姿勢も代々受け継がれているに違いない。
当初「原点に戻ってくる感じです」と話してくれた竹中さんだが、話の最後にこう語ってくれた。
「歴史はちゃんと守りながらも、『あくなき挑戦』と言ったら言葉が軽いくらい常に冒険も忘れず、全体としては変化している。こういうお店じゃないと100年残らないと思います。こういうお店が増えて欲しいです。僕はカレー屋ではないけど、近い思想の会社を目指したい!」
原点でありながらにして、目標にもなってしまう。これこそが、デリーの魅力の真髄なのかもしれない。
住所:東京都文京区湯島3-42-2
電話:03-3831-7311
営業時間:11:50~21:30(L.O)
※年末年始休業あり
https://www.delhi.co.jp/
デリー三代目の田中源吾さん。
源吾さんのご子息であり四代目候補の田中源さん。
現在は「デリー」の創業店舗である上野店の他に銀座店あり。また、通販限定商品製造とレストラン営業を両立する「アトリエデリー」を上野店の近くに構える。