おいしい町屋のご縁は
スナックの飲みニケーションから
ビルの地下にある店舗は、知る人ぞ知るといったロケーションにある
荒川区のほぼ中央に位置する町屋。都営荒川線、京成電鉄、東京メトロ千代田線の3線が使える利便性と、人情味あふれる下町の雰囲気が魅力。
内田さんは奥様と小学生の息子さんとの3人暮らしだが、夕食は一人外で済ませることが多い。その理由は仕事の終わりが遅いこともあるが、一番の理由は仕事の疲れをリフレッシュしたいから。
仕事終了後においしいものを食べて、歌いに行くのが内田さんの定番コース。
数名でくることもあるが、一人焼肉のときも少なくない内田さん
人と喋るのが好き。食べるのが好き。歌うことが大好きで、家の近所のカラオケスナックに通うようになった内田さん。そちらのお店の常連さんたちと交流するうちに、連れて来られたのが、焼肉「一幸園」だ。
ファミリーや宴会にもうってつけの小上がり席もある
自家製のリキュールもかなりの年代物
「私よりずっと前から通われている“ご常連さん”のグループに混ぜていただいて、こちらで焼肉を食べてからスナックに行くのがいつものコース。2週間に一度くらいは必ず来ています。その“ご常連さん”グループの誕生会もこちらでするほどで、何だかんだと理由を作って集まる場所なのです」と内田さん。
その“ご常連さん”のなかには、こどもの頃からずっと通い続けているという方もいる。
内田さんの席に出された焼酎は、常連さん同士でシェアしているボトル
焼肉屋にはちょっとうるさい
オイキムチには、だいぶうるさい
内田さんがいつも定番で頼むもの。肉質の良さはピカイチだ
稼げるようになったら自分のお金で食べたいものの代表格が焼肉ではないだろうか。焼肉店といってもピンからキリまであるが、焼物を数品、香物にお酒となると、わりと高くつくため、いつもより少し奮発したご褒美メシのイメージだが、こちらの店は普段使いができる気軽さがあるのだと内田さん。
ジューシーなハラミ。大きめに切っているのだそう
内田さんが「一幸園」を推す最大の理由は、おいしいものを背伸びせず食べられること。焼物についてはほとんどのメニューが700〜800円、上メニューも1,200〜1,500円程度。
安いからといって、肉質やボリュームに全く妥協しない。牛肉はすべて国産で、大きめにカットして提供するという。
脳内にオイキムチデータベースを持つ内田さんのTHE BEST OF オイキムチ
生姜をしっかり効かせたオイキムチ。フレッシュな歯ごたえで箸休めに最高
内田さんがいつもオーダーするものは、タン、ハラミ、センマイ刺し、そして最も太鼓判を押すのが「オイキムチ」だ。
「焼肉といえばキムチですが、僕は辛い物が苦手なので、その代わりにオイキムチを頼みます。いろんなお店のオイキムチを食べてきたので、ちょっとうるさいですよ。そのなかでもこのオイキムチは僕の人生でナンバーワンのおいしさ。味付けが超好み! 僕が来ると、何も言わなくてもバイトのお姉さんがオイキムチを持ってきてくれます」と内田さん。
自家製のオイキムチは、爽やかな生姜の香りが効いていて、いくらでも食べられそう。
義理を果たして
30年間貫く人情価格
一人で調理をするロクさん。手が空くと厨房出てきて常連さんたちとおしゃべりすることも多い
店主のロクさんがこの店に入ったのは学生時代。最初は大学院で論文を書きながら週末だけアルバイトをしていたという。卒業後は銀行に就職したいと考えていたが、紆余曲折あってその時にお付き合いをしていた先代の娘と結婚し、こどもを授かったタイミングで本格的にお店を手伝ってほしいといわれた。
下処理にかかる時間を惜しまないことが、おいしさの秘訣だという
その後、義母が亡くなり、先代も高齢で、一人で店を運営することが難しくなり、ロクさんに店を任せたいとなった。学生時代から長らく働いてきたため、この店を運営していくことの大変さはよくわかっていたという。
ロクさんの実の母親は「焼肉屋をさせるために大学院まで出したわけではない」と猛反対。しかし、ロクさんはこの店を継ぐことを決意した。
ウィットに富んだトークで、常連さんにも愛される存在
夢を諦め、焼肉店を継いだ理由を聞くと、ひと言「義理ありますから」といった。
義理堅く努力家のロクさんだが、店を継いだ途端にさらなる波乱が。
お店の創業から34年。店内設備のありとあらゆるものが寿命を迎え、エアコン、冷蔵庫などが次々と故障。さらに、新型コロナ感染症の影響も重なり、お店を継いでから数年間は、踏んだり蹴ったりだったという。
「もう、本当に大変でしたよ。お義父さんはその頃自分の手から離れているから何も言いませんでした。金も出さないけど口も出さない(笑)。世の中ってそういうものですよね。そういう意味で、気持ちの良いお義父さんです」と冗談をいうロクさん。
綺麗にサシが入ったこちらはなんとロース肉だ
これまで義父の屋号を守るために奔走してきたが、苦労は尽きることがないようだ。
一番苦労しているのは儲けがどんどん少なくなっていること。実は、30年間メニューと値段を変えていないのだ。当然ながら、数十年前と同じ価格で仕入れできるわけではない。
「お肉、安いでしょう。ほぼ原価ですから。この値段でこのレベルのお肉を出せる店はないはずです。もし自分が創業した店だったら、とっくの昔に値上げしていたと思います。でも、先代の屋号を守りたいから、やれるところまで頑張りたくて。どこまで頑張れるかなぁ」。
焼肉で利益が出ていないという驚愕の事実。常連さんのなかには、値上げをすすめる人も多い。しかし、ロクさんは頑なに昔の値段で踏ん張り続けている。
そんなロクさんに最近嬉しかったことを聞くと、あるお客さんの話を聞かせてくれた。
格安焼肉店かと思うくらいの価格帯に驚く
テレビで紹介されたセンマイ刺し。時間をかけて下処理をするため、臭みは全くない
いつも同じテーブルに座り、センマイ刺しとライスを注文する人がいた。焼肉屋に来ているのに、肉を焼くことなく、いつもセンマイとライスしか頼まなかった。そうして8年が過ぎたある日、テレビ局から取材依頼が入った。そのセンマイライスの人はお笑い芸人さんで、下積み時代に世話になったお店として紹介したいと。
「ウチはお肉を焼かなくても構わないですよ。千円札を1、2枚握りしめて、通ってくれるお客さんの気持ちが嬉しい。マニュアルがないことが、個人店の良いところですからね」とロクさんは優しく微笑んだ。
義理と人情が支える味
守り続けたい先代の屋号
焼肉屋激戦区といわれる荒川区だが、知名度が上がるとチェーン展開するパターンが多く、個人店の魅力が残るお店は意外と少ない。そういったなかで「一幸園」は地元の人たちに根強い人気がある。
「ロクさんはいつも大変、大変といいながらも、肉や料理の質には一切妥協しないのです。苦労をしながらも、先代の味を守っている姿勢は尊敬しています。これからも僕たちが集まる場所として続けてほしいから、やっぱり少し値上げしてもいいんじゃないのかなぁ」と内田さん。
「先代のレシピは面倒くさいし、お肉の原価は高くなるし、最近はお酒を飲む人が減ってきちゃったし、ああもう、本当に大変です!そろそろ値上げしなければならないことはわかっているけど、ここは先代がつくった店だから、できれば変えたくない。どこまで頑張れるか自分で自分を試しているのかもしれないよね。お金なくなったら、また稼げば良いんだから」。
ロクさんはどこまでも義理人情に厚い。
お互いを「ロクさん」「さしこ」と愛称で呼び合うお二人
住所:東京都荒川区荒川6丁目6-1 ウエストヒル町屋 2階
電話:03-3809-2989
営業時間: 月、火、木、金、土、日 : 17:00~00:00
定休日:水曜
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焼肉「一幸園」の店主。学生時代に恋人の父親が営む焼肉店、焼肉「一幸園」にアルバイトスタッフとして入店し、結婚を機に就職。その後、義父から店を受け継ぎ、屋号を守り続けている。ロクさんの愛称で常連さんに親しまれている。