河名マストさん
KawanaMasuto
格闘家
広島県出身。格闘家。ロータス世田谷所属。
元レスリンググレコローマンスタイル選手。
2017年U-23レスリング世界選手権59kg以下級で金メダル。2021年に総合格闘技へ転向。2024年2月にGLADIATOR(国内格闘技団体)フェザー級王者となる。2024年6月現在、世界最高峰の総合格闘技団体であるUFC進出を目指すROAD TO UFC参戦中。
今回お店を紹介してくれたのは格闘家の河名マストさん。世界戦の公式インタビューで「一番好きなものは?」と問われて「広島のお好み焼きです」と答えるほどに広島お好み焼きを愛する河名さんの行きつけが、千歳烏山にある「お好み焼き 遊人里」。広島出身の河名さんも納得する遊人里の広島お好み焼きとは。お店の魅力と共に教えてもらった。

意外なきっかけから始まった人気メニュー

河名さんと遊人里の店主 大野さんをつなげたのは格闘技だという。所属ジムの代表から、元会員の大野さんが広島お好み焼きを出すお店をやっていると教えてもらったのがきっかけだ。
遊人里のお好み焼きについて、河名さんはこう話してくれた。
「広島出身の僕にとって、お好み焼きは小さい頃から触れて、脳裏に刻まれているソウルフードです。ふとした時に食べたくなって、食べたら『これこれ!』ってなって、安心できて、体も心も元気になれるのは、広島お好み焼きだからこそです」

広島お好み焼きにも様々あるそうだが、遊人里では、クレープ状の生地の上に大量のキャベツなどを乗せ、さらに肉を乗せて裏返して蒸し焼き にして、それと麺やトッピング食材を重ね合わせて焼き上げるのが特徴。生地と具を混ぜ合わせて焼かれるお好み焼きとは印象が大きく違う。

広島出身者をも納得させるお好み焼きを焼く大野さんだが、実は東京出身。しかも、遊人里では、最初の頃、お好み焼きを出していなかったそうだ。

「広島お好み焼きは、もともと大好きで、休みの日に食べに行ってたんですけど、自分のお店で出し始めたのは、コロナ禍のテイクアウト営業がきっかけです。鉄板酒場として鉄板料理は出していたので、テイクアウトにいいなと思って……」

それを機に、本場広島での修行経験のある馴染みのお店で焼き方を習うところから始めて、逆に今ではお好み焼きの方が人気だと教えてくれた大野さんの表情からは充実感がうかがえた。

遊人里店主の大野友嗣さん。高校時代に、現在河名さんが所属するロータス世田谷の代表八隅孝平さんから、 ブラジリアン柔術を習っていた。
テイクアウト営業で売り始めた遊人里の広島お飲み焼きは、買いに来てくれる人が徐々に増え、 最高で1日に80枚も焼いたことがあるのだそうだ。

お好みに焼くからお好み焼き

カウンター席の前には2.5メートルの鉄板があり、焼いている様子を間近で見ることが可能。 位置によって温度に違いがあり、メニューや調理工程によって焼く位置を変えるという。

今や遊人里の人気メニューとなっている広島お好み焼きを焼く時のこだわりについて、大野さんに聞いてみた。

「作業としてはそんなに難しいものではないし、何分とかで教えてもらえるものではないので、とにかく自分で何枚も焼いて、感覚をつかんでいって、理想のお好み焼きに近づけることを目指して焼く感じです」

特に、キャベツのやわらかさや水分量は季節や産地で違ってくるため、鉄板の温度や時間で焼き加減をコントロールしながら一枚一枚焼いているそうだ。

河名さんも「こんなにたくさんのキャベツが平らになるの!?」というくらいキャベツを使うのが、広島お好み焼きの特徴のひとつだと 教えてくれた。

「僕がここまで来れたのは、教えてくれた人のおかげでもありますし、さらにその人に教えた人の許可ももらって焼いているので、基本メニューの『肉玉そば』というお好み焼きは、なるべく教えてくれた方の味に近づけるように焼いています。そこだけは守って焼かせてもらって、あとはお客さんの好きなようにトッピングを選んでもらったりして、ソースやマヨネーズをいっぱいかけてもらってもいいですし、お好みに焼くのがお好み焼きなんで、好きなように食べて楽しんでいただきたいです」
そう語る大野さんの思いは、メニューに10種類以上のトッピングが載っていたり、各席にソースやマヨネーズが置いてあったりと、お客さんがお好みで楽しめる仕組みとして反映されている。

提供の時点では、ソースはやや控えめにかかっており、マヨネーズはかかっていないが、手元に置いてあるため自由に足すことができる。

河名さんの楽しみ方はというと、チーズと大葉がお気に入りのトッピングだそうだ。チーズのこってり感と大葉のさっぱり感がベストバランスらしい。

もうひとつ、河名さんのおすすめポイントが、お好み焼きに使われている麺だという。既製の蒸し麺ではなく、生麺を茹でてからお好み焼きに入れているため、パリパリ感が際立ち、麺のパリパリ食感とキャベツのふっくら食感のコントラストが楽しめるのだとか。

広島から取り寄せるお好み焼き専用生麺を茹ででから、焼き上げるという、手の込んだ作業。

さすがは行きつけの河名さん。「好きなように食べて楽しんでいただきたい」という大野さんの気持ちに応えるかのように、河名さんなりのお好み焼きを存分に楽しんでいるようだ。

河名さんのお気に入り、チーズ他6種の具が入った「遊人里スペシャル」というメニューに大葉をトッピング。 大野さんは「河名スペシャル」と呼んでいた。

料理へのこだわり、
お店づくりへのこだわり

広島お好み焼きは、大量のキャベツを蒸し焼きにする工程などがあるため、焼き上げるまでに時間がかかるらしい。

「遊人里さんは、つまみもおいしいので、お好み焼きを待ちながら、つまみを食べるというのも、ひとつ楽しみではあります」という河名さんが、ほぼ毎回頼むのが「宮崎地鶏のおろしポン酢」だという。
さらに、「刺身もおいしいです。お好み焼き屋さんで刺身も出してること自体が珍しいし、しかも、ちゃんとこだわっているのがすごいです」と教えてくれた。

これには、大学生のアルバイト時代からずっと飲食店で働いてきた大野さんの料理人としての経験が生きている。
自分の店を持つ前から、鉄板料理を扱うお店で働いた経験もあるため、お好み焼き以外も得意分野。加えて、魚を扱う居酒屋での経験もあり、目利きや仕入れのノウハウもあるのだ。

「もともとのお客さんもいるので、できるだけ季節のものを仕入れたりして、お好み焼きだけじゃない居酒屋的な良さも残していきたいです」
その言葉からは、料理へのこだわりに加えて、お店づくりへのこだわりまで感じられる。

さらに深く聞いてみると「移転してこの場所に店を作る時、まずは自分の家族が休みの日に行けるようなお店を作りたいと思って……」と話してくれた。
そこから内装等を考えて、カウンターもテーブルも座敷もあるお店にすることで、様々な層のお客さんを迎えられるようにしたそうだ。

お店の使い方も「お好みで」という気持ちが込められていることが伝わってくる。

河名さんも「友達と行っても一人で行っても居心地がいいお店は魅力的だと思います。それが店員さんと話して楽しい空間であってもいいし、黙々とご飯を食べる空間であってもいい。お店の雰囲気だけでも居心地がいいことは大事で、その空気感が遊人里さんにはあります」と語ってくれた。

一人客も、カップルも、グループも、お子様づれも、足の不自由なご年配の方も、食事だけの方も、飲みに来る方も、様々なお 客さんが訪れるそうだ。

行けば安心できる場所

遊人里の定番お好み焼きのひとつ「肉玉そば」は、確かに食事としても、さっぱりと食べられる。 他の店にありそうなソースとマヨネーズたっぷりなお好み焼きとは、全く別の食べ物と言えるかもしれない。

初めて遊人里を訪れた時の忘れられないエピソードを、河名さんが教えてくれた。
格闘技に転向した1年目は、コンビニや電車も利用できず、外食もできないような、経済的に苦しい期間を過ごしていたという河名さん。次第に少しずつお金が入ってくるようになってきて「やっとお好み焼きを食べられるぞ!」と、意気込んで遊人里に向かったそうだ。

遊人里の広島お好み焼きに癒されたのは言うまでもないが、「ジムの代表に紹介してもらいました」と挨拶をし、少しおしゃべりを終えて帰ろうとした時、大野さんが「お金は今日はいいんで」と言ってくれた。その瞬間「まじで頑張ろう!絶対ここには通おう!ちゃんとお金を払おう!」と心に誓ったという。

遊人里の広島お好み焼きの基本となる「肉玉そば」を焼く大野さん。広島出身の方から「地元のお好み焼きと同じサイズで、一枚でお腹いっぱいになる」と言われたことが、意外だったという。

そこから行きつけとなった河名さんに、遊人里が100年残って欲しい理由を問うと「まず自分が通い続けたい。だから、ずっと残って欲しいです」と、シンプルな答えが返ってきた。
さらに、「河名さんにとって、遊人里とは?」という質問を投げかけてみたところ、返ってきたのは、格闘家ならではの個性的な答えだった。

「僕にとって遊人里さんは『魂のオアシス』です。格闘技の試合中に相手の攻撃をかいくぐりながらも辿り着くと一安心できる優位なポジションがあり、行けば安心できる場所、そこが『オアシス』なんです」

行けば安心してソウルフードが食べられる場所という意味で、遊人里は河名さんの「魂のオアシス」だというのだ。

現在の場所に移転する前「鉄板酒場」と称していた頃から使っている看板。ちなみに、「遊人里」という店名は学生時代に人気者だった 友達のあだ名から、みんなに好かれるんじゃないかと思って拝借したそうだ。それに、昔からのお客さんが漢字をあててくれたという。

河名さんの「魂のオアシス」という言葉を受けて、大野さんはこう締めくくってくれた。
「練習後に来てくれたりすることが多いので、なおさらほっこり安心するんじゃないですかね。そもそも、お好み焼きって気張って食べるようなものではなくて、子供でも食べられるし、焼肉とか焼き鳥に負けない魅力もたくさんあるんです。だけど、お好み焼き屋さんが少ないこともあって、あまり知られていないので、広まっていけばいいなと思います。うちの『肉玉そば』は、食べてもらえばわかると思いますが、本当に毎日食べられるくらいにさっぱりしてるんですよ。いつでも気軽に食べに来てもらえるように心がけてます」

河名さんと同じように、遊人里に立ち寄って体も心も元気になる人が、これからますます増えていくに違いない。

店主の大野さんが、厨房で仕込みをしていた従業員の方も呼んで二人で一緒に撮影をしていただきました。

店舗情報
お好み焼き 遊人里

住所:東京都世田谷区南烏山5丁目13−16 ミノリビル 1F
電話:03-6694-4716
営業時間:17:00~0:00(LO:22:30)
定休日:不定休
https://teppan-yutori.com/

大野友嗣さん

お好み焼き 遊人里 店主。
高校時代は格闘技のジムに通っていたが、大学に進学してからは飲食店で働き始める。
2019年6月に遊人里オープン。当初は「鉄板酒場 遊人里」という店名だったが、広島お好み焼きが人気メニューのひとつとなり、2023年12月の店舗移転を機に「お好み焼き 遊人里」に変更。

ライタープロフィール
毎日カレー生活者/南場四呂右さん
2007年7月から毎日カレーを食べ、SNS等に記録し続ける毎日カレー生活者。その生活を綴ったブログ『365カレー(∞)』は現在も継続中。旺盛な実験精神で、カレーに限らず様々な分野で活動を行っている。