埼玉県寄居町『今井屋』のかつ丼と親子丼

2021年5月16日

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埼玉県北西部に位置する寄居町。

奥秩父の山間から流れる荒川に面するこの町は、かつては秩父と大宮を結ぶ秩父往還の宿場町や現在も城跡が残る鉢形城の城下町として賑わい、玄関口の寄居駅には3社の鉄道路線が乗り入れる、交通の要衝地となっている。

そんな駅から数分歩くと見えてきたのが、青いトタン屋根が目を惹く木造の建物。ガラス戸を開くと出迎えてくれたのは、「いらっしゃーい」という元気な声と食欲をそそる残り香。

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声の主は現在69歳の横田富美子さん。優しさが溢れる笑顔が素敵な三代目として、『今井屋』の暖簾を守っている。

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食堂の建物は初代の頃から今日まで、大小の修繕はあれども創業当時の外観を留めている。

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その奥に広がるのは昭和40年代に増築された大広間。「かつては宴会にも使っていて、従業員が帰るのが夜中になることもあった」という空間は、現在も地元はもちろん「栃木から二週間に一度来るご夫婦もいらっしゃるんです」と、各地から足を運ぶお客さんで賑わいが絶えない。

■老舗の暖簾と味は女性の手によって受け継がれてきた

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創業1904年、明治から令和へと4つの元号に渡る歴史の始まりは、街の洋食店としてのものだったという。

「実は私も初代のことや屋号の由来を詳しくは知らないのですが、大勢の家族とここで暮らすために始めたようなんです。ルーツは洋食なんですが、戦後は芋を蒸して売ったりラーメンを作ったりもしていたそうなんです」

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そんな食堂を二代目として受け継いだのは横田育子さん。武士の家系・益子家の血を受け継ぎ、学校の先生をしていた父と書店を営む母の間に生まれた。

「益子家は新しい1万円札の肖像になる渋沢栄一さんとも縁があった家庭なんですが、色々と事情があって育子さんが小学校2年生のときに横田家で生活することになったんです」

幼少期に熊谷からこの地に移り住み、食堂を営む家庭で生活をしてきた育子さん。戦時中の苦労を乗り越えて食堂で培ってきた味は多くのお客さんを喜ばせてきたが、実は富美子さん自身もその味を食べて育った一人だった。

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「元々、私はこの町の生まれ。小さい頃にはここのかつ丼を食べたりもしていました」

2000年の4月に食堂にやってきた富美子さんは、育子さんの旦那さん・横田金誉さんの甥っ子のお嫁さん。つまり育子さんはおばにあたる。

「おばに『店を手伝ってほしい』と言われて来るようになったんです。おばと旦那さんとの間には子供がいなくて、『食堂の跡継ぎをどうする?』という話が元々親戚の中にもあって。なので跡継ぎを前提で来たようなものなんです」

95歳まで生きた育子さん。晩年は体調を崩して寝たきりになったが、育子さんの食事づくりを始めとした世話をしながら、食堂の暖簾を守ったのは他ならない富美子さんだ。

「おばの親戚が大学の先生をしてたりと忙しく、急遽私が養子縁組をして横田性になって、デイサービスや福祉の手を借りつつ世話をして、商売をすることになったんです。今は自宅のある熊谷から通っているのですが、その間の丸5年は食堂に住んでいました」

お店の奥で育子さんを看取った富美子さん。愛する食堂を守らんと土地と建物を購入して育子さんが作りあげた味を、今日まで守り継いでいる。

■今井屋のかつ丼が『タレかつ丼』であり続ける理由

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壁に掲げられた4つの料理、これが今井屋の全メニューだ。

「以前は宴会料理も含めて色々と手広く作っていたんですが、おばの『かつ丼を絶やすな』という思いもあって、今はこの4つなんです」

中でも主役はやっぱりかつ丼。「ほとんどのお客さんがこれを注文する」という一品はいわゆるタレかつ丼だ。

「確かに秩父にも老舗のわらじかつ丼のお店があったりと、かつ丼が昔からのメニューと思われているお客さんもいらっしゃいますが、これは育子が昭和30年代に始めた料理。私もおばの世話をしていた時期に、厨房でお店を手伝っていた女性から作り方を教わりました

元々、寄居町は養豚業が盛んで豚肉が手に入りやすかった場所。一般的な卵とじのかつ丼にしなかったのはこの地域の食文化や『カツそのものの味を楽しんでほしい』というのが理由です」

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1996年に発行された寄居町の飲食店案内冊子。そこには、肉料理や和食といった料理が作られていた記録が

もちろん、味の決め手はタレにある。

「タレの味は醤油と砂糖をベースに、おばが試行錯誤を重ねて作った味を変えていません。この味にお客さんがついてきているので変えてはいけないなと。前に薄味ブームもあってお客さんに意見を聞いたことがあるけど、やっぱり味を変えないことでお客さんに喜んでもらえる。それは暖簾を受け継ぎ守ることへの信念です」

お客さんには育子さんの代から通う方も多く、「おばの『甘じょっぱいカツ丼が好き』という方が多いんです」と、おじいちゃん、息子さん、お孫さんの三代一緒に来られる方や、「誕生日だからカツ丼を食べに来た」という方もいる。お客さんの心の中で今井屋の味は代々受け継がれているのだ。そんな名物料理は思わぬ一品の誕生にも派生していく。

「豚肉をブロックで仕入れると使わない部分がある。かつ丼用のお肉として切っていくと端っこを切り落とすんですが、そういう部位を大切に使いたいということで、おばが始めたのが親子丼。鶏肉ではないので開化丼のようなものですね」

■かつ丼を作る秘訣は「作りあがったら迅速に」

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こうした料理の仕込みは朝8:00ごろから始まる。豚肉は歩いて数分にある地元の精肉店から毎朝届く。

「昔から『肉のみねぎし』さんのものを使ってます。私も食堂に入る前には“お昼ごはんにコロッケ買ってこよう”っていう感じによく行ってました」という馴染みの店の肉に対する信頼は厚く、そんな中からカツ丼にはモモ肉を使っている。

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「昔からこの使い方なんですよね。モモは脂が少なく赤身たっぷりで、さっぱりしていてヘルシーだからかもしれません」

2センチほどの厚さにカットしたモモ肉をしっかり叩いて包丁で筋を切る。「ウチのカツは柔らかいんですよ」という食感づくりに欠かせないひと手間だ。

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肉と衣をつなぐバッター液も大切なポイント。菜箸で混ぜて硬さを確かめる時間はカツの仕上がりを左右する瞬間。「つけすぎても衣が固く厚くなってしまうし、少なすぎても衣がしっかりつかない」という加減に合わせるのが大切だという。

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こうして準備した肉とバッター液を絡ませたら、粗目のパン粉をまぶして仕込みは完了。あとは注文を待つだけだ。

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一方、親子丼のお肉となるモモの切り落とし部分。こちらもしっかり叩いて柔らかくして準備万端。

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鍋いっぱいのラードでこんがり揚がったカツ、ここに熱々の秘伝のタレをくぐらせる。

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ジューっという音と共に褐色に染まれば、なんともたまらない香りが生まれる。

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カツを受け止めるごはんにも、たっぷりのタレが注がれる。「毎回ガス釜で2升ずつ炊いて、多い時には一日に5回炊くんですよ」と大量にごはんが必要なのは、一人前350gのボリュームだからこそ。その上に「育子さんの頃から変わらない」スタイルで2枚のカツが盛られる。

「一日200食ほど作ってるんです」というカツ丼が3〜4人のパートさんと分担し、注文から数分で手際よくできあがるのは、「ごはんをおいしく炊いて、作り上がったら迅速に」という思いを大切にしているからだ。

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一方の親子丼は「新玉ねぎの季節は、水分が甘いので親子丼もおいしいですよね」と、スライスした玉ねぎを小鍋にたっぷり盛ったところに、味つけとしてかつ丼のタレを注ぎ、火にかけて割下となる部分を作る。

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ここにモモの切り落としを乗せて卵で閉じる。カツ丼と同じく手際の良さが味の決め手だ。

■秘伝のタレがたっぷり染みたかつ丼と、一口目の驚きがスゴい親子丼

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2枚のカツがごはんを覆うかつ丼の食べ方は、丼の蓋をお皿代わりに1枚移して、タレ色に染まったごはんと一緒に頬張ること。そう、自分のペースで全力でおもむろに頬張るのが一番。

サクサクの音と共に、衣の隅々まで染み込んだ甘塩っぱいタレのおいしさで口が膨らむ。柔らかなモモ肉から染み出すさっぱりした肉汁がタレと結ばれるときに、食欲を呼び込む絶妙な甘さ加減を感じる。

「作り置きではなくその日使う分をその日に作っている」というタレの味は甘すぎずしょっぱ過ぎず。この味加減こそが育子さんが作り大切にしてきた食堂の宝物。万能なおいしさが食堂を家庭的な雰囲気で包み込む。なので、一合分のごはんにもかかわらず箸が止まりそうもない。

「丼に大盛というのはないんですが、ごはんの単品があってタレをかけたものをお出ししてるんです」と、タレごはん好きにとって応えられないサービスがあることも納得だ。

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そんなタレを使った親子丼を一口食べると、”おいしい”の言葉以上に不思議な感覚に包まれる。タレと新玉ねぎが出る甘さに卵が加わると、まるで魔法のように普遍的な親子丼の味になるからだ。

シャキしっとりとした歯ざわりが残り、割下の旨味を担うたっぷりの玉ねぎがポイント。柔らかなモモ肉が持つ旨味と一つになったおいしさは、鶏もものように重さがなく軽やかに、だけどしっかりごはんが食べられる。

そんな両方の丼のおいしさを更に際立てるのがぬか漬け。瑞々しいキュウリと大根の色が目に鮮やかで、パリパリと楽しい食感と香りが素朴で家庭的な料理の雰囲気を更に醸成する。

「ぬか漬けもお手製ですが、冬になるとたくあんと白菜に変えるんです。一年中ぬか漬けをしようとしても冬は発酵しないのでおいしくならないですし、この季節は白菜がおいしいので」と、シンプルなものだからこそ素材や時期に合わせて花を添えている。

■受け継いだ暖簾、それがお店の宝物

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「20年ぐらい前には女性一人で来るお客さんっていなかったけど、今はふらっと来てカツ丼を食べる方も多い。自分だったら一人で食堂に入るのは勇気がいるけど、そういうのが普通になったんだなぁと感じます」

食堂で時代の変化を見つめる日々を過ごす中、四代目に対する思いについて「ウチの一人娘が継いでくれれば嬉しいですけどね」と話す富美子さん。その時が来るまでに特に大切にしているものがあるという。

「店頭の暖簾は宝物ですね。この名前はお金に変えられないもの。たくさんのお客さんは今井屋という場所に来てくださっているので」

食堂の顔に記されているのは『とんかつ』『美味』という、店を象徴する2つの言葉。今日もこの暖簾を目印にお客さんがやって来る。

※数日後、洋食店をルーツとした今井屋を象徴するカツライスを食べてきました。


【お店データ】
創業年:1907年(明治40年・取材により確認)
住所:〒369-1203 埼玉県大里郡寄居町寄居1236-1
電話番号:048-581-0464
営業時間:11:00〜14:00/16:00〜17:00(夕方は要予約)
定休日:日・祝日
おすすめメニュー:
かつ丼(880円〈864円〉/カツライス(1,220円〈1,096円〉)/親子丼(715円〈702円〉)/玉子丼(605円〈549円〉)
※店舗データは2019年5月23日時点のもの、料金は2020年6月7日時点のもの。〈〉内はテイクアウト料金。料金には消費税が含まれています。

〒369-1203 埼玉県大里郡寄居町寄居1236-1


プロフィール

百年食堂応援団/坂本貴秀
百年食堂応援団/坂本貴秀合同会社ソトヅケ代表社員/local-fooddesign代表
食にまつわるコンテンツ制作をはじめ、商品開発・リニューアル、マーケティング・ブランディング支援、ブランディングツール制作などを手掛ける。百年食堂ウェブサイトでは、全記事の取材先リサーチをはじめ、企画構成、インタビュー、執筆、撮影を担当。