宮崎県日向市「お食事処ながとも」

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「昔から食堂を継ぎたいと考えてましたが、以前はアパレルメーカーで卸・小売を手がけてました。ただ、洋服の販路もインターネット中心になってディーラーが作り手以上の権限を持ってしまう。そこに危機を感じていました。そこで自分でしっかりと権利が持てる料理をしっかり取り組んでいきたいと思ったんです」

健治さんが戻るまでは「弟が食堂を手伝っていてくれた」と、兄弟で四代目を継いだ形となったながとも。とはいえ、食堂からホテルまで少人数で全てを取り組むのは難しいこと。そこで宏八郎さんは味を守りつつ食堂の経営を安定させるために、近代的な取り組みを導入した。

「親父の頃から職人さんを呼んで料理を作るようになり、今は各店舗の料理長が味を管理する仕組みで運営しています。幸いウチの店には昔からの職人さんや魚をさばける和食の料理人といった、料理の基本を理解しているスタッフばかりなので信頼してます」

洋服で言えば縫うことに専念するよりもデザインや着心地といったゴールを設定し、縫い手の確保や環境づくりに動き回るということ。時代の変化に応じた手法は跡継ぎ不足が問題となっている食堂業界にとって一つの答えかもしれない。

「三代目として父が継いでからは、料理人さんに『こういう料理を作りたい』という話をしたり味へのアドバイスをしていました。僕自身も料理の専門学校には行ってないけど店の厨房で毎日のように作っています。経営者として味を決めながら、調理の補助をしていければと考えてます。特にうどんは昔から食べていたので、おいしいうどんの基準イコール自宅の味。色々なものを食べ歩いても一周すると自宅の味がやっぱりいいなぁと」

そんな気持ちで取り組むからこそ、味がブレることはなくお客さんの胃袋を喜びで満たしている。

「食堂に戻る時の条件として、自分の中でアパレルに対する気持ちを消化できないままだとダメだと思ってましたが、幸い僕は完全燃焼できたんです」

その顔には先人が培ってきた食堂への敬意と共に、今の「お食事処ながとも」を支えている自負を感じた。

■代々の主が考え抜いた「ながとも」の名物料理

そんな食堂の名物料理は数多く、それぞれの代を象徴する一品がある。

「初代がご夫婦から受け継いだ当時から肉うどんが大人気でした。牛バラ肉を使うことや味付けは当時から変わりませんが、食糧難で肉がなかった時代の仕入れには苦労していたようです」

お客さんを喜ばせたいという信念が生み出した看板料理から始まった系譜は、二代目のちゃんぽんとチキンライスに受け継がれる。

※長友家の屋号が描かれた丼をかぶったキャラクターは、「東国原さんが知事だった時代に作った」というピーちゃん

「うどんだけでやっていた中で世の中に色々な食べ物が広まってきたので、食べ歩きが好きだった二代目の女将がレシピを考えたんです。これがきっかけで料理の範囲が広くなって、三代目からは定食類を始めたんです」

中でもチキン南蛮定食はすぐに定着。これをアレンジした梅ダレのチキン南蛮は「三代目と四代目の共作で生まれた」ものだ。

こうして生まれた代々の顔たる味、食べないわけにはいかない。


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