木村隆二さん
Kimura Ryuuji
株式会社ニューロマジック取締役
株式会社ニューロマジック 取締役COOを務める傍ら、セミプロのバンドマンとしても活動。趣味は奥様との食べ飲み歩き。特に寿司と日本酒が好きで、これまでに訪れた寿司店は100軒以上。
今回お店を紹介してくれるのは、企業人とバンドマンの二足の草鞋で活躍している木村隆二さん。食べ歩きを趣味とする木村さんが紹介してくれたのは、オシドリ夫婦が営む東京・学芸大学の寿司店「すし処 小倉」さん。数々の飲食店を訪れる食通の木村さんが、この店を愛してやまない理由を教えてもらった。

偶然の出会いが必然に変わる時

奥深さがあり、握り方やネタとシャリのバランスにも店の個性が発揮される面白さ、そして何より大好きな日本酒との相性が抜群。そんな寿司の魅力にハマり、いつの頃からか寿司の食べ歩きをするようになったという木村さん。「小倉」と出会ったのは、今から5年前、世の中がコロナ禍に入る直前のある平日の夜。情報をリサーチして偶然巡り合った店という認識が、店を実際に訪れて一気に変わった。

「いきなり握りではなくて、つまみでまずは楽しませてくれる。この流れが、個人的には好きなんですよね。しかも生、煮る、焼くとつまみのバリエーションが豊富。『とてもいい店を見つけた』と思って、別日には奥さんを連れて再訪しました」

初来店でまさに一目惚れともいうべき衝撃。それ以来、月に4、5回のペースで通うようになったという木村さん。この時は「足繫く店に通う一常連客」だったが、ほどなくして店との距離をぐっと近づけるある出来事が起きた。

木村さんが店に通い出してほどなくして、コロナ禍が世の中を襲った。多くの飲食店が打撃を受ける中、もちろん小倉もその例外ではなかった。その時すでに店に惚れ込んでいた木村さんは、店の危機を案じていち早く行動に出た。小倉を助けるために、店を支援するためのクラウドファンディングを立ち上げたのだ。その時の様子を、小倉の店主である小倉一秋さんはこう振り返る。

「驚きましたよね。最初は詐欺かなとも思いました(笑)。でも、打合せをする中で、本当にうちの店のことを想ってくれていることが分かって、ありがたいなと。木村さんのようなお客さんは初めてでした」

クラウドファンディングは成功し、店もコロナ禍の困難を乗り越えることができた。この件以来、常連の枠を超えた唯一無二の強い結びつきが、木村さんと店との間に生まれた。

通えば通うほど
魅力を味わえる

なぜ、木村さんがそれほどまでに小倉に入れ込むのか。その理由は店と自分の相性の良さだけに留まらない。通えば通うほど見えてくる、新たな魅力も要因の一つだ。

「これは初回からも感じましたが、料理が本当においしい。初めて店に来た時、仕事で疲労困憊していたので、余計にそのおいしさが染み渡ったんですよね。食べたものの中で特に印象に残っているものの一つが、イワシの梅煮。トロトロの脂ののったイワシに、店が継ぎ足して味を築いてきた梅ダレが絡んで旨いんですよね」

「イワシの梅煮」

17歳の頃から寿司店で修行を積んできたという店主の小倉さん。「自分の色を出したい」と独立し、2008年に店をオープンさせた。江戸前寿司は、素材にひと手間加えているのが特徴。だからこそ仕込みにも手間がかかる。それでも、食材はほぼ毎日市場に通い、仲買人と言葉を交わしながら品定めをして仕入れる。そして丁寧に調理をすることでおいしさをさらに昇華させる。

また、食材を知り尽くし、どうしたら最もおいしく食べられるかを常に考えている小倉さんからは、数々のメニューが生まれる。中にはお客さんとの会話から新メニューが生まれることもあり、木村さんもメニュー考案に一役買ったことがあるという。

木村さんと小倉さんのコラボメニューともいえる「酢じめしたイワシの塩焼き」

普段使っている魚でも、より脂のりの良いものが見つかれば迷うことなく他に乗り換える潔さと行動の軸にあるのは、「いかにお客様に満足してもらうか」という想い。それを軸に料理を作り続ける小倉さんに店のおすすめを聞けば、「全部です」と即座に快い答えが返ってきた。確かに、木村さんにもおすすめを問えば、生きた車海老のボイル焼き、カニ身と味噌のほぐし和え、二種の卵焼き……と数々のメニューが挙がる。

「車海老のボイル握り」甘みと香りを引き出すために、海老は敢えて生きたまま茹でる

「カニ身と味噌のほぐし和え」

「二種の卵焼き」

「桜えびの素揚げ」

そんな料理の他にも、木村さんが魅了されているのは、店の細やかな心遣い。

「僕が前日に店に行くと伝えると、当日、僕の好きなものを仕入れてくれているんですよ。料理だけじゃなく、お酒もそう。僕が好きな日本酒を言ったら、いつの間にか仕入れてくれていて。もうこの店を好きにならざるを得ないですよね。『小倉』は、もはや自分にとって行きつけの域を超えている店なんじゃないかと思います」

「お客様の好みを覚える」「丁寧な仕事をする」。これらの行為は修行先で学んだものだと小倉さんは言う。店は奥様と2人で切り盛りしているが、その学びに従い、奥様もお客様の酒の好みは必ずメモし、記録しているそうだ。お客様のためにと生まれるこうした心遣いは、お客様が受け取った瞬間、最上級の誠意と信頼、そしてやさしさに変わる。

「行きつけ」に選ばれる店と選ぶ人
その間にあるもの

愛される店「すし処 小倉」。店を続ける原動力にもなっているであろう、店をやっていて良かったと思う瞬間を小倉さんに聞いてみると、「いろいろなお客様に出会えるのがうれしい」との答えが返って来た。

「あるおばあちゃんのお客さんが、10代のお孫さんを連れて店に来てくれたことがありました。その子は就職したら自分のお金で店に食べに来てくれたり、結婚すると奥さんを連れてきてくれたんですよ。すごくうれしかったですね」

また、お客様については奥様からも「人に恵まれている」という言葉が。
「寿司屋をするなんて、自分にとっては本当に未知の世界でした。でも、いらしたお客様が雑誌でお店を紹介してくださったり、いろんな方のご縁に支えられてきました」

人への感謝、心遣いを忘れない小倉さんご夫婦。そんな2人が営む店だからこそ、応援したいと思う人が現れるのだろう。その一人である木村さんは、「小倉」が残ってほしい理由をこう語ってくれた。

「僕にとって、『小倉』は唯一無二の場所。安らげるし、自分をリセットしたり、チャージしたりできる場所なんです。たぶん、いい仕事をした日とか、嫌なことがあった日、疲れた日など、日々の節目節目で来続けると思います。なくなってしまったら、きっと心のチューニングができなくなってしまう。それは絶対に嫌ですね」

まさに店と客とが相思相愛。これこそ、「行きつけ」に選ばれる店と選ぶ人の理想の関係かもしれない。

店舗情報
すし処 小倉

住所:東京都目黒区鷹番3-12-5 RHビル 1F
電話:03-3719-5800
営業時間:18:00~23:00
定休日:月曜

小倉一秋さん

17歳から自由が丘の寿司店で修業を積み、34歳で独立。2008年に「すし処 小倉」をオープンさせ、現在まで夫婦二人三脚で店を営んでいる。

ライタープロフィール
河田 早織
ライター、編集ディレクター。広告業界を中心に、言葉のある場所すべてが活動の場。実は映像制作にも興味がある。趣味は茶道。