福島県福島市「保原屋食堂」

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■福島の奥座敷で、戦争を乗り越えてきた暖簾

福島市の郊外、栗子連峰の麓に位置する温泉街・飯坂温泉。

宮城県の鳴子温泉、秋保温泉とともに奥州三名湯に数えられ、時をさかのぼれば2世紀の頃にはヤマトタケルが東征の折に立ち寄ったとされています。

また、奥の細道の中でこの地を「飯塚」と記した松尾芭蕉や、正岡子規、与謝野晶子といった俳人・詩人もこの地を訪れています。

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飯坂温泉までのアクセスは、電車の場合は福島駅から福島交通飯坂線で。一つのホームに二つの路線が乗り入れているのでご注意を。
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温泉街を流れるのは、阿武隈川水系の一級河川「摺上川(すりかみがわ)」。多くの宿から豊かな緑と共に川のせせらぎを楽しむことができます。

そんな温泉街の中心街・花岡町の一角に、昭和6年に創業したのが保原屋食堂。

初代は、この地に生まれた桑名正太郎さんとヨネさんご夫婦。かつて、生糸の集散地や蚕取引の中心地として栄えた旧保原町(現在の伊達市)から嫁いできたヨネさん。生まれ故郷の地名を付した屋号と共に、湯治客向けに生そば・うどんを提供したのが、食堂の始まりです。

その後、暖簾は二代目の正人(まさんど)さんと、奥様のキエさんに受け継がれ、温泉街の憩いの場として、ますます欠かせない存在となっていきました。

ところが、正人さんは太平洋戦争に出征し、お亡くなりになってしまったのです。

食堂を守りながら3人の幼子を育てるために、女手一つで食堂を守り抜いてきたキエさん。そんな時代を乗り越えてきた保原屋食堂の暖簾は、キエさんの長男である正敏さんと二本松市から嫁いできだヨシさんの手に受け継がれました。


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