福島県会津若松市「牛乳屋食堂」

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牛乳屋食堂-01

■駅前の牛乳屋が食堂になるまで

桜が彩るローカル線として知られる会津鉄道。その前身となった国鉄会津線が開通したのは昭和2年のこと。当時の終着駅だった上三寄の駅は芦ノ牧温泉と名を変え、豊富な湯量を誇る温泉の玄関口となっています。

牛乳屋食堂-02

木造の駅舎が出迎える芦ノ牧温泉駅。車両も桜色です。
牛乳屋食堂-03

この駅の名物は、ねこの名誉駅長。初代の「ばす」から二代目の「らぶ」へと受け継がれています

馬車によって物流が支えられていたこの時代。駅に近い国道には材木や炭を積んだ馬車が行き交い、国道沿いでは人と馬が一緒に泊まれる馬車宿が営まれていました。

小塩の地で馬車宿を営んでいた井上家に生まれた幸美(こうみ)さん。家業を継ぐのは長男だったこの時代、四男が切り拓いた新たな家業は「鉄道を待つお客さんに牛乳を提供すること」でした。

鉄道の開通と時同じくして、奥様のキヨノさんと共に駅前に開いた一軒の牛乳屋。これが、現在の「牛乳屋食堂」のルーツです。

しばらくすると国鉄会津線の延伸工事が始まり、鉄道客と延伸工事の作業員によって賑わいに包まれた上三寄駅。そこで、「休憩場所として食堂をやるのはどうだろう?」と考えた幸美さんご夫妻。

お客さんのお腹を満たすべく、お店の隣に住んでいた中国出身の方から支那そばの作り方を教わったキヨノさん。牛乳屋を始める際に役所に届けていた「牛乳屋」の屋号に食堂の二文字をつけた、「牛乳屋食堂」としての日々が始まったのです。


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