青森県青森市『小田九』の中華そばとカレーライス

2021年5月16日

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■乗合馬車の発着場に生まれたそば屋の物語

現在の青森高校の場所にあった、日本陸軍第8師団に所属する歩兵第5連隊。
ここに入営する兵士と面会に訪れた家族が合流していたのが、連隊に向かう乗合馬車の発着場。明治28年、提川沿いのこの場所に生まれたそば屋さんが小田九です。

創業の主役は小田松三郎さん。漁業を営みつつ提川沿いの魚市場で小売も手がけていたことで、連隊の御用商人もしていました。

その息子・豊太郎さんは、日清戦争に出征していたものの怪我で帰国。戦争に勝利した一方、本家の長男が遊んでいるのは世間体が悪いと感じていた松太郎。小売のために借りていた呉服店を買い取り、食べ物の商売をやりたかったという息子のために料理人を雇い小田九を創業しました。

この屋号は松三郎の先祖・小田九郎衛の苗字と名前一文字を使って生まれたもの。後に松三郎は自らの名前を九郎衛に改めるのですが、「おそらくは『食堂の段取りをしたのは自分だ』と周りに言いたかったからでは」と。

そんな物語とそばの味とともに、暖簾は豊太郎から二代目の安太郎さんに受け継がれます。麺作りが上手だった一方、「遊び人で自分が小さかった頃、朝起きたら安太郎が麺の茹で湯で澗をつけていた」という豪快な一面も。
そんな背中を見ていたからか、三代目の豊次郎さんは真面目に仕事に取り組む職人肌。お店を営む安太郎の弟さんの元で修行を積み、暖簾を継ぎました。

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現在のご主人は四代目の裕樹(ひろき)さん。元々、食堂を継ぐ気はなく東京でサラリーマンをしていたのですが、「祖母が食堂の手伝いをしていたが、色々と忙しくなって大変だった」という事情もあって東京から戻りました。

「俺が小さいころの姿を知っているお客さんも多いので、ワルさもできない」と語る四代目。昔からの常連さんから「おだく顔」と呼ばれる笑顔が素敵なんです。

■食堂のコンセプトは「あっさりたっぷり」

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「最初の建物は青森空襲で焼けてしまい、建て直しを経て昭和45年に今の建物になった」という店内。「消費税の端数で細かくしたくない」という理由で、同じ値段を守り続ける無数の料理札が客席を見つめています。

その奥にある昭和40年代に作られたという献立の看板に、「おそらくは職人さんの好み」で赤文字で描かれた中華そば。青森出身の劇作家・寺山修司も食べていたという当時からの人気メニューです。

「提川にあった船着場から北海道と青森を結ぶ船が行き来していた当時、東京から北海道に帰ろうとした職人さんと知り合ったことで、小田九のラーメンは生まれました。当時はイワシの煮干しと豚骨で出汁を引き、うどん・そばの麺打ち職人さんが中華麺を作っていました。現在は、煮干しを使うと味や匂いが強くなってしまうので、豚骨、かつお節、さば節、野菜、根昆布を使ってます」

そして黒文字の一番端にあるカレーライス。

「安太郎の兄弟が帝国ホテルでコックをしていたので、そこから作り方を聞いたはず。今も一から小麦粉とカレーフレークを炒めて、ラーメン用のスープで伸ばしています」

ラーメンとカレー。この組み合わせに異論を唱えるもう一人の自分はいなかったので二品を注文したところ、「ウチのラーメンは量が多いのですが大丈夫ですか?」という一言。

食堂の近所に自衛隊の兵隊宿舎があった当時、安太郎さんが「お店に兵隊さんが来ると多めに出していた」そうです。

これがいわば小田九盛りの始まり。「普通盛りでもラーメンの麺は250グラム、大盛りは350グラムです」今も受け継がれるうれしい系譜ですが、晩年の安太郎いわく「やっぱり多かった」と。

「ウチの料理は量もたくさんあるので、『あっさりたっぷり』なんです」

なんとも頼もしきお店のコンセプトだと思いませんか?

250グラムの麺を茹でながら、バラと肩ロースのチャーシューをスライス。色々な材料の旨みが溶け込んだスープと、湯切りした麺がご対面。

その間に三代目の奥様・和子さんにカレーの準備をしていただきました。小鍋で丁寧に温める姿は、まるで自分の母親が台所に立っているかのよう感覚になります。

■ボリュームも旨さも潔く逞しいラーメンと、絶対に食べ飽きないカレーライス

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器に隙間なく入った麺に圧倒されつつ、まずはスープを一口。

色々な素材の旨みが複雑に絡み合っているのに、全体の方向性は至ってシンプル。ストレートに「旨い!」という感情が沸き立ちます。

存分にスープをまとった中太麺を啜れば、むっちり滑らかな舌触りと共に小麦の香りが口の中に広がります。たっぷりの麺に集中しながら頭をよぎる「あっさりたっぷり」の言葉。つまり、こういうことなんだ…と思わせます。

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水入りのグラスに入ったスプーンと共に運ばれてきたカレーライス。

トロリと重厚なソースの中に溶けこむ膨よかなコク。スパイスの刺激の先に食べ飽きない旨みが凝縮されています。

コンセプトを象徴するたっぷりの豚肉を頬張れば、自然と笑顔がこぼれます。

この2品でなんと950円。本当にありがたいお店です。

■提川沿いで笑顔を見つめて、笑顔を作る

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※空襲で昔の写真が焼けてしまった中、店内にはねぶたの山車が堤川沿いを練り歩く貴重な一枚が飾られています。

「最初は暖簾を継ぐことに特別な思いは持っていなかったのですが、父の葬式の時に周りの方から『がんばって、お店を継いで』と励まされたんです。その時に定めかなぁと感じました。」

兵士と家族が出会って生まれる笑顔、大盛りのラーメンでお腹いっぱいになって生まれる笑顔。周りの声に支えられながら、明治の頃から色々な笑顔を見つめてきた厨房に立つ四代目。

「このお店は来てゆっくりできる。のんびりできるのがいいところです」

町に溶け込み百年以上に渡って愛される食堂で、ラーメンとカレーと共にそんな時間を過ごす。慌ただしい時代だからこそ、食後に「贅沢だよなぁ…」と感じる瞬間もまた、小田九でしか味わえないご馳走です。


小田九

創業年:明治28年(取材により確認)
住所:〒030-0812 青森県青森市堤町1-11-10
電話番号:017-722-1484
営業時間:10:30~18:00
定休日:第2・第4木曜日
主なメニュー:ラーメン(450円)/カレーライス(500円)/かしわそば・うどん(550円)/かつ丼(600円)
※店舗データは2016年5月27日時点のもの、料金はすべて税込み。

〒030-0812 青森県青森市堤町1-11-10

プロフィール

百年食堂応援団/坂本貴秀
百年食堂応援団/坂本貴秀合同会社ソトヅケ代表社員/local-fooddesign代表
食にまつわるコンテンツ制作をはじめ、商品開発・リニューアル、マーケティング・ブランディング支援、ブランディングツール制作などを手掛ける。百年食堂ウェブサイトでは、全記事の取材先リサーチをはじめ、企画構成、インタビュー、執筆、撮影を担当。