青森県つがる市「神武食堂」

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神武食堂−01

■四代に渡る賑わいは、勇ましく、神々しく

巨大な遮光器土偶が駅前通りを見つめる、JR五能線木造(きづくり)駅。

かつて、貨物の積み下ろし駅として賑わい、駅前には馬車が列をなしていたこの場所で、神竹次郎(じん たけじろう)さんが食堂を始めたのは大正13年のこと。うどんやそばに焼き魚などといった料理が、お客さんの胃袋を満たしていました。

神武食堂−02

運がよければ、電車の発着時に目が光る瞬間が見られるかも!?
神武食堂−03

暖簾の中心には家紋の「木瓜紋」が、右下をよく見ると…?

その後、厨房に入ったのが二代目となる武男さん。お酒が好きで歌が上手く、要職につく人望も有していました。初代と共に厨房に立つ日々を経て、独り立ちの時を迎えた昭和22年。食堂に自身の名前から「神武食堂」の屋号をつけました。

一旦は食堂の建物が火事の被害に遭ってしまい、営業を止めたこともありましたが、現在の場所にお店を移して再開。テレビ放送の開始を迎えて、汽車を待つまでの間に相撲を観戦する人たちや、汽車で高校に通う学生さんによって賑わいに包まれていました。

また、海軍に所属した経験もあって、「汽車に乗る学生さんが駅に到着する頃に軍艦マーチを流して、気合を入れていた」こともあるそうです。

そして、三代目の武彦さんがお店を継いだのは、中学を卒業してすぐのこと。当時の流行を反映してチキンライスやオムライス、カツライスといった洋食メニューがお目見えしたのもこの頃でした。


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